我が説を演べる時

●我が説をべる時


嗚呼ああ。なんと勿体ない事でございましょう。

 土州侯としゅうこう様が上下しょうかを問わず、のうある者をお求めになっていらっしゃるのに」

 何事が始まったのかと騒ぎ出す群衆。わしはその静まるのを待って、話を進める。


「賢侯と讃える他は無い不世出の伯楽はくらくが、今御前おんまえにおいでになると言うのに。

 千里の馬、綺羅星が如き土州としゅうにあって。何故名馬を伯楽の元に、賢侯・土州侯様の御前に連れきたる者は居ないのでございましょうか?」

 再びざわめき、静まって後。尚もわしは数を二十数えて群衆を焦らす。


「この土州に生い立ち。今は通詞つうじとして大樹公たいじゅこう様お抱えと成った男が居ります。

 嵐にうて漂流し、メリケン人に助けられ彼の地で暮らし、言葉を学び取った者にございます。

 されど、彼は上士に非ず、郷士に非ず、足軽ですらない漁師でありました。

 為に土州は、メリケンやエゲレスの言葉に通じる有為の者を、可惜あたら他家に献ずる次第と成ったのでございます。

 彼は土州に生まれ育った者にございますれば、君恩に奉ずるこころざしがございました。されど身分の低さ故に、賢侯の御前おんまえに立つことすらも叶わなかったのでございます。

 なんと悲しい事でございましょう。たかが身分の低さが為に、忠義を成すことを許されぬと言う事は」

 わしはここで二十八を数える間を置いた。わしの言葉を解する時間を与える為である。


「今。土州侯様と参政さんせい殿が、如何いかなる身分の者でも、能が有れば登用する仕組みを創ろうと為されて居りまする。

 ご安心下さいませ。同じのうならば身分が重んじられます。町人よりは地下浪人じげろうにん。地下浪人よりは徒士かち以下の下士。徒士以下の下士よりは郷士。郷士よりは白札。白札よりは必ず上士が重く用いられましょう。

 されど、上の者に勝る優れた能さえあれば。これからは一介の町人でも、上士を差し置いて登用されるように成ります」


 ほぼ退助たいすけ殿の焼き直しであるが、わしの言葉に騒ぎ出す群衆。わしは掌を前に向け、諸手を高々と天を指して差し伸べた。そして静まれとばかりにゆっくりと前に降ろして行く。


 わしに注目し、静まる群衆にわしはう。

「われら御親兵は逸早いちはやく、東洋先生の目指す物を採り入れました。

 その証が、女の身で十一にして御親兵差配と成ったこの登茂恵ともえ自身にございます。

 皆様の前で、僅か九つの童女にして土州侯様より大将と認められたふゆ殿にございます。

 我が郎党ろうとう宣振まさのぶも、土州に在っては一郷士の世倅よせがれに過ぎませんでした。されど今では、必要と有れば大樹公たいじゅこう様に直答じきとうを許されし者と成ったのでございます」


 土州の人々をよろこばす、もといは底の岩根に達した。

 間を取り、機を計り、今こそわしはいわおの上に言葉を積む。

「お聞きください。

 参政である東洋先生の祖は、足利の天下の初めから皆様と同じ土州の者にございました。

 遠祖が尊氏公により土州に食邑しょくゆうを賜って以来、一族はここ土州にございました。

 戦国の頃。吉田孝頼たかより殿は長曾我部に随身するや縁戚と成り、一領具足いちりょうぐそくの制を定めて身分賤しき者でも、主君の為に忠節を尽くせるように致しました。

 後にこれが、土州をして四国の覇者と成さしめたのでございます。


 長曾我部の滅びし後も、吉田家は衆に優れし能有りて上士に取り立てられました。

 されど代々の当主殿は四国を制した大丈夫ますらお達が、如何に能有りても、郷士以下に生まれたために忠節を尽くす事が叶わぬ事に心を痛めて参られました。

 当代の東洋先生に至り、二百年に一人の賢君の下に参政と成り、漸く累代るいだいの本願に近づくを得たのでございます。

 郷士・地下浪人の皆様が先祖の誇りとするは一領具足。

 その一領具足を創りし吉田の末裔が、身分賤しくとも君恩に報いる働きを可能さしめるおきてを定めんと、日夜心を砕いておりまする。


 皆様。土州が誇る賢侯をお信じ下さい。賢侯の信頼あつき東洋先生をお信じ下さい。

 さすれば。明日の登茂恵・明日の生殿・明日の宣振はおんみにございます」


 わしは文彩を尽くして希望を掲げる。なぜならば、人間と言うものは希望のある限り暴発しないからである。

 別して、宗教的使命感を除くのならば。

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