第六章 不羈の種

上品の薬

上品じょうほんの薬


 無事、高知演習は終わった。土州に御親兵ごしんぺいの練度と新兵器の威力をまざまざと見せ、女子供といえども侮るべからずの念を植え付けて。


「ほな。ぱぁーっと参りましょう」

 坂本家にて、お春が乾杯の音頭を執る。

 思えば浜の宴会から始まった土州滞在であったが、土州の者は何かに突けて酒を飲む。去り際もまた宴会と成った。

 今日は酒精の無い甘酒も用意したから、乙女殿の御子息も参加している。


「あれ? 乙女殿。生菜をお召し上がりにならぬのでございますか?」

 大根の煮付け等は口にしているから、野菜が嫌いと言う事も無いだろう。生野菜を食べないのはおかしい。

「あ、うーん。嫌い言うのじゃないがやけんど、黒船この方、生は虎狼痢コロリが恐ろしゅうてにゃあ」

 生水を飲まぬのと同じ心掛けだと言う。

「今は存分に刺身を召し上がれます故、大事は無いと思いまするが。新鮮な海の魚が手に入らぬ地ならば、その用心も病の種となりまするぞ」

「そう申してもにゃあ」

 歯切れが悪い乙女殿。

「このモヤシは、井口畷いぐちなわての陣にて、大豆を湯冷ましで芽吹かせた物。虎狼痢は穢れた水と関りが有ります。これは一旦沸かして湯にしております故、ご案じ召さりますな。

 また虎狼痢は酢も嫌います。湯掻いて梅酢にて和え物にしてごさいます故、お召し上がりを」

 ここまで言い、わしが毒見をしてやっと。乙女殿は箸を付けてくれた。

「これはどう育てるのやか?」

「木綿を煮て消毒し苗床と致します。大豆をその上に敷いて、箱を被せ、芽吹くまで毎日浸す湯冷ましを取り替えます。それを半日陽を当てると、滋養が増して大変体に宜しゅうございますぞ。もやしを採った後の木綿は煮て浄め、何度でも使えます。

 モヤシは一年を通し数日で食せ、酢の物以外にも、例えば毎日の汁物の具に致せば食いもあり、倹約も叶います。

 それでも生は怖いとおっしゃるのでございましたら」

 わしはぺつの料理を勧める。


 材料は蕎麦と松葉と繋ぎの布海苔ふのりや山芋。

 乾かした松葉を薬研やげんで粉にして引いた蕎麦と混ぜ、繋ぎの布海苔ふのりや山芋の磨り下ろしと混ぜてもんじゃ焼きのような種を作る。

 刷毛で油を塗った焙烙ほうろく(素焼きの煎り鍋)に種を薄く延ばして焼き上げるこれは、前世の孫や曾孫がガレットと呼ぶ物に近い。


「松葉はははの家で、不老長寿の功能くのうありとして珍重される薬にございます。

 これも高麗こまの方士が伝えし物で、血を澄まし、疲れを癒し、脚気かっけを防ぎ、夜目を利かせ、風邪の治りや傷の治りをたすけると言い伝えられております。

 薬故、多少の苦みもございますが、牛黄や熊の胃と比べれば有って無きが如き軽いものにて、清々しきを帯びております。

 これを蕎麦粉に混ぜて蕎麦掻そばがきにしたり、このような焼き菓子にしたりして食します。具はお好みの物を包んで下さいませ」


 これはテレビっ子の孫が幼児の時分にテレビで見たと言っておったのだが、

「じいちゃんあのね。松の葉っぱは、ビタミンCとか一杯あるんだよ。昔バイキングが、松の葉っぱを混ぜたパンで航海したんだって」

 負うた子に教えられ調べて見れば、松葉は古来より漢方としてもちいられて居た。


「松葉は古来より、養命薬即ち無毒で長期服用が可能な薬として用いられて参りました。

 百草を舐めて一薬を知る薬神・神農しんのう様が記された『神農しんのう本草経ほんぞうきょう』には、上品じょうほん百二十種の一つに挙げられておりまして、明代に編纂された本草綱目ほんぞうこうもくには、こう書かれております」

 わしはその効能を説明する。

――――

 苦し、温にして毒なし、毛髪を生じ、五臓を安じ、中を守り、えず、天年を延べる。

 身に緑毛を生じ、身を軽んじ、気を益す、

 久しく服すれば、穀を断って饑えず、渇かず、則ち身軽く、不老延年す。

(本草綱目より)

――――

「また、松葉は薬湯にしても飲み易く、しかも茶より安値にございます」

「なるほどのう」

「茶としても菓子としても楽しめるので、ぜひ常使つねづかい為さりませ」

 と言いつつ目の前に並べるのは、醤油で味を付けたかつおの刻み削り節を筆頭に、モヤシの酢醤油和えや土筆つくし味噌。

「げに、美味いものじゃのぉ。わしも作って食すぜよ」


 明日は京へ出立するわしら御親兵ごしんぺい隊士と、土州の予備隊士。こうして話すのも暫くは無いだろう。酒を飲む者も飲まない者も、別れを惜しむうたげを楽しんでいる。

 おや? あちらでふゆ殿が乙女殿の御子息と何かをやっている。ここからだと良く聞こえず、お経を唱えている様だ。

 わしは近くへと寄って行った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

皆様応援感謝いたします。

お陰様で300話目となりました。

なお、この章を終えた後、しばらくお休みさせていただきます。

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