学びの王道1
●学びの王道1
「いちにじゅうのに、しにてんさくのご、しさんななじゅうのに、よんしんがいっしん」
「次七の段」
「しちいちかかさん、しちにかかろく……」
わしは懐かしさを感じた。これは珠算で計算をする為の割算九九だ。
学校で筆算を教え始めた頃から段々と廃れ、昭和の中頃までには算盤でも掛算九九を使って商を見付ける
「
帰除法では、除数(割る数)の桁が増えるとややこしくなってしまう。
「されど。今だと割声や九九を覚えるのは簡単なのじゃ」
「確かに諳んじておけば、後に役立つとは思いまするが……」
わしは言葉を濁す。一般的には、現在の生殿の年齢が九九を学ぶに最適とされているからである。
教師になった前世の孫から聞いた話である。
日露戦争最中の明治三十八年より令和に至るまで百年以上。ずっと変わらず九九を二年生で教えて来たのは、変える必要が無かったからだと言う。
理由は、この年齢の児童は機械的暗記が衰えて行き論理的思考が育って行く
故に前倒しするのは兎も角、教えるのを後にずらすと覚えるのに難渋し、平均的な能力の者でも三年生までに覚えないと、完全習得が高校までずれ込み、
「七掛ける八は?」
と聞いて反射的に、
「うるせー!」
と罵声が飛んで来るほど。覚えられずに悩み苦しむ羽目に成る。
早い分にはこのような苦労はしない。しかしあまり早過ぎても、習得した筈のものを簡単に忘れてしまうのだ。
「ならば。
わしに異論有りと見て、生殿は訊いて来た。対案はあるのかと。
「そうでございますね……こう言うのは如何でしょう?」
赦太郎殿は、
なので教師をやっている孫から聞いた、一日入学の時に遣らせる遊びを提案してみよう。
わしはルールを説明し、生殿と遣ってみる。
「五作りじゃんけん、じゃんけんポーン!」
「合わせてポン!」
一人が片手を使って零から五までの数を作って出する。それを見て直ぐ様、もう一人が足して五になる数を出す。直ぐに出せたら後の勝ち。間違えたり時間が掛かれば先の勝ち。と言う他愛も無い遊戯である。
簡単過ぎて子供達は直ぐに詰まらなくなる。しかし詰まらなくなったその時には、見事に五と言う数の分解と合成が反射的に出来るように成っているのだ。
「五作りじゃんけん、じゃんけんポーン!」
「あーせてポン!」
生殿が出し、赦太郎殿が応じる。
「おう。
「いいえ。算術のお稽古にございます。五と言う数は算盤の上の
横で見ていた龍馬殿が顔を出し、わしは簡単に説明する。
「ひぃふぅみぃよぉ……。五つで無いから赦太郎の負けなのじゃ」
赦太郎殿の歳に合わせ、双方の立っている指を数えて勝負を決める。
上手く出せた時には大袈裟に褒め、今みたいに間違えた時には、
「残念残念、もう一度行くのじゃ。男は、負けたままでは終わらぬものなのじゃぞ」
と次に行く。
「五作りじゃんけん、じゃんけんポーン!」
「あーせてポン!」
「ひぃふぅみぃよぉ、いつ! 五つでわしの負けなのじゃ。赦太郎はまだやるか? 勝ったから止めてもいいのじゃぞ」
「やる!」
「そうか。赦太郎は算術好きなのじゃ」
脇から見ていると、幼い姉がもっと幼い弟と遊んでいる様にも見え、実にほっこりとさせられる。
そこへ。
「赦太郎殿。面白い事をやっちゅーね」
声に、種を飛ばす鳳仙花のように笑顔を弾けさせた赦太郎殿。
遊びと言えば遊び。学びと言えば学びのじゃんけんは中断した。
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