城討つ流星

●城討つ流星


「近くに居たら焼け死ぬか、息が詰まって死んでしまうのじゃ。それに火砲ほづつよりも逸れ易く、近くにおったら当たるかもしれないのじゃ」

「あれほど見事な砲術を会得した生殿でもか」

「そうじゃ。危ない」

 断言した生殿は、

喜久馬きくまぁ! 寅之進とらのしん! 早う持ってくるのじゃ」

 と下人げにん扱いしている二人を呼ぶ。


 運ばれてきたのは二基のリアカーに据えられた棒の集まり。但し、今はそれに弾が据えられている。

「これは火箭かせん(ロケット弾)か。確かに、瓦は使っても木と紙で拵えた町家を焼き払う力を持って居るが、所詮は大きな火付け道具に過ぎぬだろう。こんな物で漆喰で鎧ったあれを燃やせるとは思えぬ。土蔵の如き内壁も、中を池にしたのも見たであろう」


 すると生殿は胸を張り、

「賭けても良い。燃やし尽くせるのじゃ」

 と断言した。

「ほう? 何を掛ける」

「燃やせ無かったら、山之内の殿とのと一緒にお風呂に入って上げるのじゃ。

 父上と入る時のように、お背中流して差し上げるのじゃ」

 土州侯様は呵々かかと笑いながら、

「生殿。嫁入り前の娘が斯様かようなことを申すで無い」

 と窘める。

 されど生殿は未だ頑是ない童女。土州侯様と一緒に風呂に入ろうと微笑ましいばかりであり、間違ってもお手が付いた等と考える者は居らぬであろう。


「ではもし焼き払う事が出来たならば、賭けがねに相応しき物を渡さずばなるまいな。

 おう、そうじゃ。見事燃やしてみよ。さすれば、生殿輿入れの時、この容堂が父となって進ぜよう。

 旗本は位高きと雖も万石に及ばぬ。土州二十万石の姫として嫁がば、なまじな家の姑小姑しゅうとこじゅうとに悩まされることもあるまい。どうじゃ?」

「それで良い。約束じゃぞ」


 土州侯様は、輿入れの際には養女にすると約束した。しかし、土州二十万石と言うのは表高のこと。内情はもっと豊かな雄藩である。

 わしの土州行きに際して、大樹公様はこう言われた。

「報告によると、土州の人は四十五万を数えると言う。さすれば内高は五十万にも上ろう。

 その内高が持つ、実力は大きい。薩摩や登茂恵の実家と伍する雄藩の一つに数えても良い」



 そもそも大樹公家は、関ヶ原のおりに城まで委ねてお味方した山之内家に報いる為、当時既に二十四万石であった表高を、四百六十三ヶ村・二十万石と称して土州にほうじた。

 戦働きにしか目の行かぬ者達のやっかみを抑える為、格式と言う名を下げて実を渡したのである。


 当然、後々命じられる軍役やお手伝い普請の負担も軽く、参勤さんきん交替こうたいの供回りの費えも廉く済む。こうした計らいがあった為、二代土州侯・忠義殿が表高を二十五万石に改めることをご公儀に求められた時も、鰾膠にべもなく却下された。わざわざ表高の表記を抑えて封じた事が、顕彰出来ぬ功績に対する恩賞であったからである。

 その後新田開発が進み高直しを望んでも、大樹公家は頑なに初代に渡した朱印状の石高を変更しなかったのだ。



「山之内の殿。今からこの天楝蛇あまかがしにて、見事天守を焼いて見せるのじゃ」

 生殿は、一度土州侯様に新兵器を見せてから、リアカーを牽かせて所定の位置へ移動する。

 距離にして十町以上離れた場所へ。そして一斉に発射される天楝蛇。空の青さに弧を描いて飛来した火箭は、天守もどきや辺りの地面に着弾すると、次々に巨大な紅蓮の炎を上げた。


 第一波が終わって五十数えぬ内に第二波が、百を数えるか数えないかで第三波が見舞われる。

 学校に上がる前からピコピコ(ゲーム機)に興じていた孫ならばこう言うだろう。

「メテオストーム?」



「全弾発射終わりました」

 告げるわしの声ももどかしく、必死で水を掛けて消そうとするが、天守もどき一帯を包む焔は、近づくだけで熱にやられて倒れる者も出た。

龍吐水りゅうどすいを使え!」

 土州侯様が命じるが、水を掛けたら掛けたで燃え広がったり勢いを増す焔。

「無駄にございます。焔の内は、金銀銅を全て鋳融いとかす熱にございます」

 わしは冷徹に告げる。すると、

「はっはっはっは」

 大笑いされた土州侯様が、大きな声で歌われた。

――――

天津あまつ 甕星みかぼし 味方に 付けて  丸ごと 天守を 燃やしちゃる

 よさこい よさこい♪

――――

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