モテる男とモテぬ者

●モテる男とモテぬ者


 襲い来る刃。躱すには一拍足りない。

 回避行動を取りながら、なんとか躾刀を間に割り込ませて初太刀を逸らした。


 危ない危ない。これが薩摩の者ならば、今のでばっさりやられていた。

 身を土に転がし、数回転して距離を取る。


 覆面をした着流しの賊が追い打ちを掛けようとした時。横から何者かが割って入った。



「何をしておられるのでありますか?」


 薩摩忍びの竜庵りゅうあん殿に与力して動いている筈の春風はるかぜ殿が、その長い刀を抜き放ち、だらんと無造作に垂らして立って居た。


「あ~あ。また例の如く、想像の斜め上を行かれるでありますな。

 捕り物に加わっちょると聞いて、急ぎ戻って来たのでありますが。

 こんな往来で襲われるとは、いったい何をしよるでありますか?」


「どうやら逆恨みを買った模様です」


 心当たりとこの太刀筋。夕べの狼藉侍と見た。



「お下がり下さい。何も心配はしておりませんが、これも僕のお役目であります」


 随分な事を言う春風殿。


「供も付けずに出歩くほうも何でありますが。

 朝っぱらから刃を抜いて女子供を襲うとは、真面な料簡のぬしには見えないでありますな」


 すっと一見無防備に刀を下に垂らしたまま、春風殿が身を寄せると覆面の賊は跳び退る。


「ほう。柳生をご存知か。

 僕は江家こうけご継嗣様奥番頭の小忠太が嫡男にして、義卿ぎけい先生門下の暢夫ちょうふであります。

 君は何者でありますか?」


 すると賊はいきり立ち。


ぬしが、明倫館の落ちこぼれの癖に、親の七光りで義卿門下の双璧だの伏龍だの持てはやされちょる放蕩息子か。わしの一番嫌いな男じゃのぉ」


「放蕩息子? 心外でありますな。あれは女が放してくれないだけであります。

 確かに僕は狭斜きょうしゃの街に入り浸ってはおりますが、鐚一文びたいちもんたりとも、親の銭では遊んでいないのであります」


 ああこ奴。前世でわしの孫が言っていた『リア充爆発しろ!』と言う奴だ。


 はたして、


「そんな事があるかぁ!」


 賊は不如帰が啼く声のように叫び声をあげた。



「ほーう、そこで喰い付くとは。

 差し詰め色街でこっ酷く女に振られたと言うたぐいでありますか」


「うぐっ」


 おいおい。舌先で痛恨の一撃とは情けない。



「図星か」


 春風殿はわしと賊を代わる代わる見てわしに、


「お遊びは程々に為されませ。

 こう言う真面目だけが取り柄で女に意気地無き者は、お相手召さぬのが肝心であります。

 真に真に、女に不自由しまくっているこのような手合いは、蛇のようにしつこいものであります。

 普段は君子然としていても、一旦サカリが付いたら最後。仮令たとえ相手が男だろうが犬畜生だろうが見境無しに腰を振ろうとする、世にも憐れむべき惨めな生き物なのであります」


 こう言ってにやにやと可笑しそうに笑い始めた。


「なっなっなっ、なんじゃ! わしに稚児趣味は無い! 誰がこねーなガキとなんかと」


 露骨に取り乱す賊。



 ああ、やはりあいつか。正体を知ったわしは嵩に懸かって、言った。


「夕べは楽しく遊ばせて頂きました。

 神代こうじろ殿。あなた様に飛び掛かれた時は、流石に心の臓がドキドキと致しました。

 私の肘鉄砲で、どれだけ神代殿が痛手を負ったのか。少しは考えて差し上げるべきでしたね」


「ほう~。こんな奴相手に……。遊ぶにしても良い趣味とは思えんでありますな」


 空々しい目で乾いた声を上げる春風殿。


「なっなっ……」


 酸欠の金魚の如く口をぱくぱく。


「君も純情でありますな。色街の恋は一夜限りのもの。真面目も良いが、少しはこちらの修行もされると良いのであります」


 忽ち賊の殺気は雲消霧散。その身に油断は無いものの、春風殿が警戒を解くと。


「お、覚えちょれ!」


 逃げる隙を見出した賊が、背を見せて走り出す。


「なんじゃあいつは」


 敢えて春風殿は見逃した。



幸姫さちひめ様も、お相手は選ばれませ。何があったのでありますか」


「先程言った通りです。酒の酔いに任せて私に飛び掛かった所、手も無く転がされ、再び迫って参った所で私の肘鉄砲を喰らいました」


 訝しむ顔の春風殿。

 いや、全く嘘は言っておらんのだがな。



「で。竜庵りゅうあん殿との用事はお済になられましたか?」


 尋ねると、


「その事でありますが、宿に戻ってからお話するであります」


 そう春風殿は言葉を濁した。

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