打ち砕かれし驕り

●打ち砕かれし驕り


 敢えて無茶をやった甲斐が有った。土州としゅうご重役の面々は、これは現実なのかと頭の中で反芻しながらお地蔵様。

 実は、幸筒は持続可能な射撃ならば一分間に四十発が限度である。普通は余裕を見て三十発に止めるのが望ましい。それを、瞬発的なら可能であるからと秒間二発もの無茶を遣ったのである。砲が冷えるまでかなり時間を置かねばならず、後で詳しく点検も必要だ。

 しかしそれに勝る戦果は手にした。最早、我ら御親兵ごしんぺいの隊士達を女だと侮る者は居なくなったのである。



「続いて、気球観測を用いた仁吉にきち砲の実演を行います。土州の皆さま。予め決められた範囲の中に、標的の設置をお願い致します」

 わしの声を聞いて、顔色の悪い若殿原わかとのばらが甲冑を着せた案山子や、騎馬に見立てた輿を運んで行く。

 ああ。見知った顔だと思ったが、彼らはくだん破廉恥はれんち組だ。それに池田家を取り巻いていた者達が加わっている。


「山田殿ぉ~!」

 手を振ると、ぎこちなくお辞儀をして、

外国とつくには皆、斯様かような武器を持っちゅーのじゃのぉ。

 わしらも一日も早う、追い付かんとならん」

 と、神妙な顔をした。

「演習が終われば楽しい宴が待っております。才谷屋さいたにやを通じて、たんと伏見のお酒を用意しておりますので、お楽しみ下さいませ」

 わしは、皆の励みになるようニンジンをぶら下げた積りであったが。

「いいえ」

 山田殿は首を振り。

「只今より酒は止めた。外国がこがな恐ろしい武器を持っちょる以上。酔うちゅー暇などない。そがな暇が有ったら蛮書を学び、そがな金があるなら土州の武器を揃える為に献じる」

 この決心。どこまで続くか判らぬが、山田殿に初見の如き傲慢さは無い。

 それ故わしは、敢えて酒をすすめて見た。

「山田殿。酒は百薬の長にして、酒を飲むのは良い事にございます。

 されど酒は良薬なれば、匙加減を誤ってはいけませぬ。世人よびとの酒で身を誤るは、ひとえに匙の間違いございまする。

 その誤りが酒毒にて、可惜あたら天よりけし寿命いのちを縮め。不孝にも自ら親より受けし五体五臓六腑を損じ。甚だしきは、無用の喧嘩・刃傷沙汰と相成りて主君・朋輩に難儀を掛け、果ては家を潰して親戚一同、家人の端に至るまで不幸のふちに沈めまする。

 孔子様は、沢山お酒をお召しに為りましたが、生涯に一度たりとも乱れたことはございませぬ。それは良薬の匙を誤ることが無かったからにございます。

 山田殿。酒飲みもご修行の内と思し召しませ」

 ある意味、酒を断つより難儀な事かもしれないが、今の山田殿ならばまっとうすると思えたのだ。



 準備が終わり、案山子の軍勢が配置された。

 わしは左手でVサインを作り、中に気球のゴンドラを入れる。そして鏡で発光信号を送る。

 その様を、土州侯様・ご重役。そして案山子配置の役目を担った山田殿や破廉恥組が、珍しそうに眺めている。


「間もなく、井口畷いぐちなわての陣から砲撃が始まります。最初は着弾観測用の弾で、白い煙だけを噴き上げます。

 観測が終わって打ち出されるのが、本物の仁吉にきち砲の弾にございますれば、とくとご覧下さいませ」


 ドーンと遠来の如く響く音。ややあって飛来した砲弾は、地面に潜り込んで白煙を噴き始めた。

 やや置いて二発目。


 気球を見つめるわしの目に、発光信号が飛び込んで来る。

「只今より、仁吉砲の火力演習を行います」

 わしが宣言してから凡そ十秒。


 ゴーン! 初弾は空中で炸裂して欠片くだけが案山子共を襲う。

 次弾は土にめり込んでから一拍置いて爆ぜ、土煙を巻き上げた。


 それから二十秒ほど間が開いて再開。到達時間の計算が終了し、一番適切な秒数に調整されたのだろう。その後の砲弾は全て、空中で爆発し標的の上から欠片をまき散らしたり、めり込むや否や爆発するようになった。


 先ほどのショックに比べれば、この辺りはまだ想像の範疇であったのだろう。

「上手いものだ。さぞ名のある砲術家であろう。

 登茂恵殿、後で褒美を遣わす故、指揮を執る者を呼んで欲しい」

 土州侯様に、火砲ほづつを指揮する者を褒めるだけの余裕があった。


 だが。その余裕も今の内だ。とわしは心の中でほくそ笑んだ。

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