桃源の夢醒めし時

●桃源の夢醒めし時


 河岸を変えて、土州としゅうご政庁が指定した射爆場へと進む。そこは川に近い周囲一キロ四方の耕作困難地で、つつみ以外は失われては困る物の何もない場所だ。


 今回は見物の桟敷を作り、誰でも見物出来る場所を設けると同時に、矢来を立てて演習場の境を明確にし、

――――

 見物勝手 内者死地也

――――

 矢来より内側は危険であるとの札を立てた。


 そして一般席から隔離された貴賓席には、土州侯としゅうこう様や参政の吉田東洋とうよう殿を始めとする土州のお偉いさんの半分が見物に来ている。最初から無礼講の宴を開きつつ実弾演習を眺める姿は、まるで企業接待の大相撲見物のようであった。

 因みに、現在の山之内家当主・左近衛さこんのえごんの少将様と残り半分のご重役は、見物を所望したものの大事を取って留守番となった。万が一のわざわいって、一度に首脳が失われることなど有っては為らない為である。



 開始時刻と成った時。矢来の外は鈴生りの見物人。こちらも弁当下げて茣蓙ごさ敷いて、御親兵ごしんぺいの演習を、隅田川の花火見物のような気分で待ち構えている。


「これより鉄砲の部にございます。あき殿!」

 散兵の指揮は、狙撃隊のおさである信殿にらせる。

 隊士には予備隊の、つまり訓練を始めて間もない乙女殿ら土州の女も混じっていた。


「小隊。着剣!」

 信殿が号令を掛ける。実戦想定なので、先ずは銃剣を付けたままの装填・発射の繰り返しを見せるのだ。

「弾込めぇ!」

 指無しの革手袋を嵌めた女性隊士が一斉に、早合を使って銃剣の着いた鉄砲に弾を込めて行く。目は前方を睨み、鉄砲は見ていないと言うのに。三つ数える間に突き固め、更に三つ数えぬ内に点火薬と雷管を込め終わった。

「構えぇー。撃てぇ」

 土手に向かって一斉射撃。

「弾込めぇ!」

 先程の繰り返し。凡そ一分に六発の早さで射撃を続けて行く。


「東洋。早いではないか」

「はい。種子島は名人でも十五数える毎に一発。されど御親兵ごしんぺいは十数える間に一発。この差は六挺の鉄砲で九挺分の働きを致すことと相成ります。

 しかも混ざっている土州の女は、修練を始めて幾らも経って居りませぬ。熟練の者だけで行うならば、この差はもっと開きましょう。未熟な者でこの早さならば、中てる腕は拙くとも敵を寄せ付けぬ働きは叶いましょう」

 東洋殿から想定通りの感想が返って来た。


 続いて、匍匐前進での移動や移植鏝いしょくごてのような小型円匙えんぴで掩体を作って隠れる技を見せ、土手に立て掛けた的に向かって、三町の距離から信殿ら狙撃隊による命中力の誇示。鉄砲に詳しいご重役の顔を蒼褪あおざめさせた。


 続いて奈津なつ殿騎兵隊のデモンストレーション。

 馬から降りて撃つ、竜騎兵運用時点で目をみはった土州ご重役は、続く騎乗射撃に血の気が失せる。更に駆け抜けながら流鏑馬のように連発銃を駆使する姿に、馬術に詳しい者程衝撃を受けた。

 馬は生来の臆病者なので、連発銃よりも、寧ろ鉄砲の音をものかわはとしない馬の存在に愕然としたのである。


登茂恵ともえ殿。これが八島が桃源の夢にあった時も、戦国の世を続けておった外国とつくにの術か……」

 土州侯様のご下問にわしは、

然様さようにございます。我らはまだまだつたのうございまするが」

「うむ……。酒は止めじゃ。水を持って参れ」

 土州侯様は酔いを醒まそうと、小姓と言う名の中年男に命じたのであった。



「これより火砲ほづつの部に入ります。先ずは幸筒さちづつの発射にございます。

 別の名を早筒はやづつと呼ばれる連射の利く火砲ほづつにございまして、今は三町先に狙いを着けております」

 貴賓席に向かい説明すると、わしは号令を下す。

「幸筒、発射用意……。発射!」

 砲口から弾を落とすと、ポム! 一基の幸筒が火を噴いた。

 着弾し、ズズンとお腹に響く音。巻き上げた土煙の収まった時。そこには大穴が穿たれていた。


「炸裂弾か。小さくとも侮れぬのう」

 酒に替えた清水の盃を止め。三町先を見る土州侯様。


「幸筒、速射! 十連!」

 号令と共に矢継ぎ。発射音が繋がる秒間二発の早撃ちだ。

 現在。恐らく全世界を見渡しても。中に落とすだけで発射できる幸筒にのみに許される驚異的な速射能力に、貴賓席の皆様は固まった。

 黒くみなぎる爆煙ばくえんの晴れたその後は、砲弾で耕された凸凹でこぼこの大地が広がっていた。

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