幼女大将

●幼女大将


「山之内の殿とのわらわは、御親兵ごしんぺい砲兵司令しれい榊原生さかきばらふゆなのじゃ。

 此度こたび下人げにん二人を賜り、恐悦至極なのじゃ」

 御親兵の軍服に兵科色の赤いマフラーを靡かせて登場した、わしよりさらに幼い女児に土州侯としゅうこう様他は口をあんぐり。


「生殿は築地鉄砲洲つきじてっぽうずに屋敷を構える大樹公様お旗本の姫にて、齢九つ。されど算術の上手じょうずにて、御親兵砲兵隊を束ねる将にございます。

 御親兵の誰よりも、早く正確に弾道を計算致します。その腕前は、つい先程ご覧になった通りにございます」

 わしの紹介に、果たして土州としゅうご重役の皆様は、

「なんぼのうがある言うても……。こがな小さな女の子を頭に頂くがは、男として辛いものがあるんじゃにあ」

 と漏らし、草履取りから仕えさせよと釘を刺して来た土州侯様でさえも、

「放逐せし郷士の者共とは申せ、如何にも不憫じゃ。佳き働きあらば、三年を一年に縮めても苦しゅうない」

 と前言を翻す始末。


「いいえ。彼らには、郷に於いては郷に従って頂きます。少しでも女に対し侮りの残るその内は、三等卒より昇進させませぬ。同時に酒癖の悪さもめてしまわねば、必ずや大きな問題を起こしましょう」

 人柄も悪くないし、そこそこに能力もある。しかし、酒に飲まれている内は最下位に留め置いたほうが無難と見た。


「山之内の殿。褒美を貰えるとのことじゃが。何を頂ける」

 わくわくしながら目を輝かす生殿の問いに、土州侯様はこほんと一つ咳払い。

「生殿は砲術の名人であり、立派な大将である。この容堂が褒めて取らす」

「わーい! 褒められた。登茂恵殿。山之内の殿に褒められたのじゃ」

 生殿の喜ぶ様に、なにやらほっかりとする空気。わしらは目を細めて幼子の頭を撫でる土州侯様と言う珍しきものを拝見した。



「山之内の殿。今より、ご用意され天守を、一息に燃やして見せるのじゃ」

 幼稚園や尋常科の一年坊主が元気良く手を挙げるように、生殿は仔犬が尻尾を振るような笑顔を見せる。

「出来るのか? われにも面目と言う物があるのでな。簡単には燃やせぬように仕立てさせたが」

 土州侯様のお言葉に、

「構いませぬ。それは却って好都合かと」

 とわしは応じる。


「申したな」

 人が悪そうにくくくと笑う土州侯様は、

「まあ見てみよ。これを燃やすのは容易うないぞ」

 自慢げに標的の天守もどきを案内する。


 外側の漆喰や瓦屋根は本物そのままだが、中は土蔵のように壁や床に土を塗り、剥き出しの木や畳、襖などは一つも無かった。


「漆喰は塗りたてで生乾き故。火には益々強くなっておる。燃やせるものなら燃やすが良い」

 土州侯様が手を上げると、手桶を持って並んだ家臣達がバケツリレーで天守もどきの屋根や内部に水を掛けて行く。

 程無く。天守もどきの一帯は、土砂降りの雨に打たれたように泥田と化し、内部の床は深さ三寸程の池と成った。

 更には龍吐水りゅうどすい(手押し消火ポンプ)四つを用意させ消火の準備に怠り無し。


「山之内の殿。危ないので人を下げて欲しいのじゃ」

「そんなに危険なのか?」

 二人の会話は既におじじ様と孫娘となっていた。

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