井口村強姦未遂事件

●井口村強姦未遂事件


 ピピルピピィー! ピピルピピィー! ピピルピピィー!


 前世の孫達は幼児期に、親の名前は知らずともマンガの神様の名は知って居る。と言われた世代である。

 彼らが大好きだった日本初のカラー特撮テレビ映画。生けるロケットの快男児かいだんじが飛んで来そうな笛の音が井口いぐち村に響く。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

「何ぃ!」

 後ろから起こるときの声に、状況が一変している事を知る色欲過多な男共。


 私服の隊士二人は、忠次郎ちゅうじろう殿を引っ張って離脱に成功。そして繰り引きで敵を防ぐ殿しんがりのように、着剣した一分隊が間に割り込んで来た。


 銃剣と銃口を突き付けて賊の動きを封じ、わしは命じる。

「衛生兵! 消毒と手当てを」

「太い血脈は損じておりません」

 衛生兵は、焼酎に米酢をブレンドした特製消毒液で十分に傷を洗い。銀製の片仮名の「コ」の字をした針金を使って傷を合わせる。そしてその上から、馬の油に蜂の巣の入口に集まる緑のやにを溶かしこんだ軟膏を塗り、包帯で上から固定した。

 この時代。後は出来る事は少ない。運と体力に任せるしかないのだ。



 こうした被害者優先の措置を講じた後、

「退かば善し。退かざれば五体もお命も保証致しかねます」

 わしは強姦未遂犯かつ傷害現行犯に対し最後通牒を行った。

「良いのですか? 鉄砲の弾には目が付いておりませぬ!

 浜にすなどる者だろうと土州侯としゅうこう様だろうと、貧乏人だろうとお大尽だいじんだろうとお構い無しにございます。弾は上士だからと言って、除けてはくれませぬぞ」


「こ、こがな無法、許されてなるのものやか?」

「先には女の裸を覗きに参り、今しも女を手籠めに為さろうとした、さもしき無法に比ぶれば。

 ははは。全く大した事はございませぬ」

「女子供や郷士如きが、上士に逆らう言うのか! われは身分を弁えんのか!」

 駄目だこれは。そう思ったわしは、

「生憎ですが、われらは土州のおきてに縛られませぬ。これから土州のご政庁に使いを送ります。是非とも上役なり、東洋先生なり、お父君ちちぎみなりに迎えにいらして頂きましょう。

 それまで身柄を拘束させて頂きます」

 と申し渡し、部下の隊士に連行を命じた。


 銃剣銃口を突き付けられても、まだ鼻息の荒い強姦未遂犯達は、

「覚えちょけ! おんしゃあ、中平忠次郎なかひらちゅうじろうやろ。

 郷士風情が人をやしべてからに。只で済む思いなさんなや」

「はぁ~」

 疲れる男だ。郷士風情が人を見下して居るなどと妄言を吐いているが。どう見ても八つ当たり。

 わしらがどうやら意のままに為らぬと考えた瞬間。忠次郎殿に狙いを変えたと見える。

 だからわしも言ってやった。

「郷士風情? 私にとっては配下を護ってくれた恩人にございます。

 もしも忠次郎殿や周りの方々に何かございますれば、おんみこそ只で済むとは思召おぼしめさるな」



 土州ご政庁に使いを遣って半刻はんとき(一時間)。我ら御親兵ごしんぺいの本陣・永福寺えいふくじへ、いの一番に遣って来たのは山田殿。

 草鞋を履くのももどかしく、或いはわしらに対する誠意を示す為に、なんと裸足で駆けて来た。


「申し訳ない」

 行き成り手を付く山田殿。

 この頃になると。強姦未遂犯の破廉恥はれんち組は、赤子を裸にしたような様で落ち込んでいた。

 無理もない。縄目の恥には遭うて無くとも、始終銃剣と銃口を突き付けられているのである。


「おまんら、何を考えちゅー!

 覗きするは、手籠め仕掛けるは、女かぼうて土下座する者に斬り掛るは……。

 若気のあいまちにも程があるき。頼む、嘘や言うてくれよ」

 若さ故の過ちにも程があるからと、祈る気持ちで尋ねると、

「あれは一寸ちっくと脅かしただけや」

 返って来たのは聞きたくもない言葉。


「……やはり、抜いたは事実やったか」

 可哀想に山田殿は、顔を掌で覆って肩を落とす。

「まっこと、わしは情けのうて堪らん。一体何をどくれ(拗ね)ちゅーにゃあ」

 確かに、素面で遣らかす彼らの所業は、世を拗ねて居るとしか思えない。


「残念でございまするが、刀を抜いて女を渡せと脅しを掛けたのでございます。

 大した怪我人が出ていないとは申せ、最早、事は山田殿で収まる話ではございませぬ」

 山田殿の、只でさえかんばしく無かったかんばせが、酢を飲まされたかのように歪む。

 事態はうの昔に大事おおごとに成って居るのだ。


 それにしても。困り果てた人を更に困り事で追い討ちするを、人生と言うか?

 山田殿の顔色を、更に更に土気色にする一報が飛び込んで来て、

「何やとぅ! あん怯人きょうじん共がぁっ!」

 あの臆病者達がと絶叫させることに為ったのは、それから間も無くの事であった。

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