鯨公の戯れ1

鯨公げいこうの戯れ1


 掴み所がない。それが土州侯としゅうこう様の第一印象である。


 高知の城にて土州侯様の前に呼ばれたのは、高知に着いた翌日夕刻。

 如何に大樹公たいじゅこう様の文が有ろうとも、如何に参政殿を経由したといえども。一国の国主が翌日に公式の一席を持つと言うのはあまり例がない。

 土州の人は酒好きで知られているが、鯨海酔侯げいかいすいこうと自称する土州侯様の酒量は計り知れない。わし達が呼ばれる前から柱を背にして飲んでおり、見舞えた時既に赤ら顔で有った。



「ご使者殿。上様からのふみのことだが」

 顔を合わせた開口一番、土州侯様は酒で咽喉を潤しながら切り出した。


「先ずは、演習とか申す御親兵ごしんぺいの馬揃え。委細承知した。使用する火砲と鉄砲、お馬の持ち込みを許可する」

 ざわっと辺りがどよめいた。どうやら居並ぶ者達は聞いていないらしい。

「老公! おそれながら」

 東洋殿が待ったを掛ける。土州侯様に向かって老公と呼ぶのは、彼が一応は家督を譲った体裁を取っているからである。


「案ずるな。いくら火砲・鉄砲・玉薬を持ち込もうと、所詮は女が百五十よ」

 申し出は、女ばかりの部隊である事を強調する土州侯様。


「女ばかりならば、まあ……」

 途端に和らぐ辺りの緊張に、今は女の力が知られていない世の中であると、実感させられる。

「男も居ない訳ではございませぬ。

 例えば、土州侯様よりお譲り頂いたこの宣振まさのぶが居りますし、兵糧を運ぶ輸卒は力仕事故、馬子まごを十人ばかり雇い入れております」

「その中で、武器を持つ者は?」

「宣振唯一人にございます」

 なんだその程度かと言う声があちこちから洩れる。


「宿はどうなされます?」

 当然来た実務担当者の問いに。

「どこか空いている土地をお貸し頂きたく存じます。御親兵は天幕テントなる雨風を防ぐ布の陣屋を用います故」

 とわしは答える。

「宜しいのですか? それで」

「折角のお申し出なれど、露営するのも流儀にございますれば」


 わしらはこのように質疑を繰り返し、実務的な話を進めて行った。



 土州で御親兵の演習を行う。これが大樹公様とご重役が用意した踏み絵であった。

 刺激し過ぎぬ為に最近増えて来た女性兵士を使い、新しき時代の戦術を披露して外国の脅威に備えた兵制改革を促す。

 断るならばそれも良し。土州は脅威と為らぬからだ。

 もしも土州に本質を見抜く眼を持つ人物が居るのならばそれも善し。土州は大樹公家の負担を軽くすることが出来るだろう。矛を逆しまにされる危険を冒す価値はある。


「では半月後を目途に、女ばかりの一個中隊・百五十名を呼び寄せます。

 一人残らず女にしあれば、女子供に狼藉を致す者は皆無であるとこの登茂恵ともえが請け合いましょう」

「早いな。登茂恵殿は仕事が早い」

「お褒め与り、恐悦至極に存じます」

 やはり土州侯様は読めぬ男だ。果たして彼の心底は如何であろうか?


 御親兵を見て、実戦には役立たぬ見栄え重視の儀仗兵ぎじょうへいと流すならばそれも良し。規律ある集団行動は土州兵制改革に良い刺激を与えるであろう。

 侮るのならばそれもし、一朝いっちょうことある時はその侮りを利用出来るからだ。

 いずれにせよ。早いのは土州侯様も同じ。

 そもそも。慣例無視で遣り繰りした予定は、どれだけ周りに皺寄せを与えただろうか。土州侯様は、考えられる最高速で大樹公様の用意した踏み絵を踏み砕いた形になる。

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