第五章 高知演習

妄想のお殿様

●妄想のお殿様


 高知のお城。宣振まさのぶを貰い請ける挨拶に参った奥の間に、再びわしは呼び出された。

 今回宣振は居らず、代わりに乙女おとめ殿と奈津なつ殿・ふゆ殿が一緒である。


 こうして再び土州の重役列席の中。土州侯様と対面する。

登茂恵ともえ殿。此度こたびはご苦労様であった。

 刺客に襲われたと聞くが、息災でなにより。御身おんみをお大事になされよ」

 大儀たいぎと言わず言葉を選んだ土州侯としゅうこう様。


 随分と土州侯様は気を使われている。

『ご苦労様』とは究極的には、斎服殿いみはたどの御衣みぞを織らせ遊ばされる天照大御神あまてらすおおみかみに対しても使われる言葉であり、『お大事に』とは大日本帝国憲法下で、全国民が待ち望んだ儲君もうけのきみご降誕の際に、当時の皇后(香淳こうじゅん皇太后)陛下に対し奉りても使われた言葉であった。



「私が狙われたのは予想の範疇でございましたが、土州侯様が臣・乾退助いぬいたいすけ殿を危険に遭わせたのは、甚く恥じ入る所にございます。

 東洋殿申し訳ございませぬ。お弟子に手傷を負わせてしまいました」

 この事については詫びておく。


「なんだ。われに対してでは無いのか。

 そう言えば登茂恵殿は、豪気にもわしを晒し首にするとか、高知のお城を燃やしてしまうとかひろめてくれたようだな」

 わしの心内など判った上で、面白そうに土州侯様が言う。

「その事にございます。土州上士の内、覗きを致され我が配下を手籠めにし掛けた下らぬ奴原やつばらが、殊更ことさら土州侯様の御威光を嵩に着ておりまする。

 土州侯様がお考えになってもいらっしゃらぬ事を、土州侯様のご英慮であると妄語もうご致し。

 土州侯様のお為人ひととなりを存じ上げれば、天地が引っ繰り返ってもお命じなさる筈もない事を、ご下命と称しての勝手三昧ざんまい

 されば登茂恵と致しましては、破廉恥はれんち組の不逞ふてい上士に、彼らの常春の妄想の中に居る土州侯様を、敵の総大将の扱いにせねばならぬ仕儀となった次第にございます」

「ふむふむ、なるほど。実際の予では無く、不逞ふてい上士共が威を借りておる、作り事の予が敵の総大将と申す訳か」

「御意にございまする。そのせい小なりといえどもも、一人残らず新式鉄砲を持ち多くの火砲ほづつと十分な弾を備え罷り越した御親兵ごしんぺいにございます。

 もしも御前にす土州侯様がかたきであるならば、よさこいを歌いながら行進するよりも先に、高知のお城に向けて呵責無き砲火の嵐を見舞ったに相違ございませぬ。

 登茂恵がかたきと攻めたのは、破廉恥組の不逞上士の心にむ、妄想の中の土州侯様にございまする」


 土州侯様は鷹揚に頷き、

「仔細相判あいわかった」

 と仰られた。

「のう登茂恵。実は、先日の文箱に有った上様よりの書状には、土州に潜む勤皇の賊のやからをなんとかしたい。ついては登茂恵の成す事を追認願いたい。と有ったのだ。

 しかしなぁ。予め聞かされていたとは申せ、正直、予とて上様の密命を受けて、山之内家を潰しに来たのかと思ったくらいだぞ。

 ははは。少なくとも、ここに居る者達は皆、そう信じ込んでおったわ」

 それを何事も無く抑えて居たあたり。見た目只の酔いどれの印象に反して、賢君の器が伺える。


 わしは居並ぶ土州の重臣達を安んじようと言葉を紡いだ。

「我が敵は土州に非ず。まことに天子様への御奉公をこいねがう勤皇の志士に非ず。

 不遜にも天子様への忠節を騙り、世を自儘じままに動かさんとする勤皇の賊にございます。

 奴らめは、此度の騒動でも流言を投じ、土州を上士と郷士で二分する争いへと煽り立てました。

 それ故、不逞上士が拠って立つ、妄想の中の土州侯様に弓引く必要がありましたのでございます」



 こうして、最初は張りつめた空気で始まった対談だが。事はとても和やかに終わりを迎えようとしていた。


「さて。この者共に委細承知させる故、こちらも頼みがある。

 高知のお城を焼き払えると言った御親兵の威は、どこまでまことの話なのだ。その威力ちから、来る演習にて垣間見せて欲しいものだのう」


 見せてくれと言う土州侯様に、わしはこの際土州ご政庁には、腰を抜かして頂こうと思い大言する。

「ご所望とあらばお見せ致すのも吝かではございませぬ。大樹公たいじゅこう様よりも土州侯様にお見せせよと命じられて居りますれば。

 この為、天守に見立てた建物を、最上階分、急ぎお作り願えまいか? 勿論、燃え難きよう壁には漆喰をお願い致しまする。

 それを一息に燃やしてご覧にいれまする」

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