第三章 時のあしおと
狡い悪党
●
晴れた日の続く師走の末。
「
常の喧嘩なら
死に行く者の為に、念仏を十回唱えて遣る間も無く死んでしまうと零す祐天殿は、はぁ~っと大きく息を吐き、言葉を紡ぐ。
「傷浅くても簡単に膿んで、命取りになる。
ほれがよ。お医者に掛かれ、誰一人として傷口膿むことも無く達者でいる」
圧倒的感謝の念が満ち溢れているのが判る。
「それは
わしが窘めても祐天殿は首を振り、
「けんど、
と拝まんばかり。
使用したのは強いアルコールと、
猿播は
酷い言い方をするのならば、
わしの前世は職業軍人。そして戦後は化学畑の人間であり、医学の心得は衛生兵程度。
猿播を創る事が出来ても、使いこなす事など出来やしない。それだけ猿播の使用は難しいのだ。
なんとなれば。前世の歴史ではサルファ剤の誕生が、医師免許の始まりでもあったのだから。
「お気に召さりませぬように。
只の一人でも、軽い手傷で命を失うとあらば。まして喧嘩の後に手当てを受けれぬとあらば。
手を尽くしたと言えるのでございましようか?」
「ありがてー。ほんにありがてーこんだ」
わしの手を押し戴いて涙ぐむ祐天殿。
傷口を一度煮沸させた湯冷ましで洗い、アルコールで消毒し縫い合わせ、包帯で縛った後。
消毒済みの部屋に隔離して、猿播を与えた。
言ってしまえばこれだけの事だ。しかし、
「今まで、浅い傷でも膿んで死ぐようなことは珍しく無かった。
昼には、このくれー 唾付けときゃ治る。ってた奴が、夜には熱出しておっ
ほんなのを
しかし成す
だからそう言う事が無かったことを心から、有難い事だと感謝しているのだ。
「ならば約定通り、一切の遺恨は水に流しますね」
「へい。この御恩は必ず。ご差配様の為なら、一家三百。いつでも駆け付ける」
祐天殿は申し出た。
「手も無くうげくりかえりゆう」
祐天殿が帰ってから、ぼそりと
「姫さんは意外と、へ
近頃はこ奴も言う様に成って来た。
他人と会う時は、護衛として左後ろに立ち一切を目にしていた彼だけに、わしの遣り口を良く見て来た。
為に、いい加減遠慮も無くなって来たと見える。
「能ある味方は、幾らいても足りませぬ。国士の心が
「やけんどな。姫さんのは火付して、煽って煽って、消しに掛かっちゅうやき。
マッチポンプだから乱暴な方法だと宣振は言う。
「おまけに姫さんのは、押し拉いだ後に
「それが
「かぁ。ここでわしを挙げる姫さんは
こうしてわしが、慣れ親しんだ宣振とじゃれて居ると、
「ご差配様」
きゅっきゅっと鴬張りの廊下を踏み鳴らし、
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