ベタ赤三等卒

●ベタ赤三等卒


「たったったっ……大変じゃ!」

 まるで阿波踊りか泳ぐように手を振りながら飛び込んで来た喜久馬きくま殿。

 その様は、落語で言うなら下駄と草履を片方ずつ履いて来たような慌て振り。


「何事にございますか?」

「おんまに乗った上士が、お供を連れちゃって来ちゅー」

 急ぎ天幕テントを出ると、見事な赤地錦の陣羽織を着込んだ役人だ。

 家人けにんに轡を取らせて、ゆっくりとやって来るのは、

退助たいすけ殿!」

 わしと条件を詰めたいぬい退助たいすけ殿その人であった。



「本日は、ご老公の使者として参った。これより郷士共へのお沙汰を申し渡す」

 退助殿は書状を広げ読み上げる。

「郷士・中平忠次郎ちゅうじろう。上士を敬い手向かい致さず、女を庇い手傷を負いし事、まことって健気なり。

 よって構いなし。


 郷士・池田寅之進とらのしん、並びに宇賀うが喜久馬きくま

 粗忽にも、仇をたがえ刃傷に及びし事、重畳ちょうじょう不届至極しごくそうろう

 これに依り、両名切腹仰付おおせつけるべき所。格別の慈悲を以って永追放ながのついほうと致す。

 爾後じご十年に一度の墓参りと、塁代の御恩に報ずべくお家の危急に馳せ参じる場合。

 あるいは父母の大事に孝行成す為罷り越すを除き、断じて山ノ内が食邑しょくゆうに立ち入るを許さず」

 食邑とは領地の事であるから、土州からの追放刑だ。郷士側に対する正式の処分はほぼ、わしが求めた形と成った。


登茂恵ともえ殿。ご老公様からの言伝にございます」

 続けてわしに向けた要望が語られる。

「永追放の者、召し抱えるは勝手なり。されど草履取りより奉公させ、向こう三年士分に取り立てざるを望む」

 まあそうだろうな。宣振まさのぶと異なり、罪を得て放り出されるのだから。例え能力が有っても重用しては罰に為らない。


「畏まりました。

 現在、御親兵ごしんぺいの一番下は、見習い隊士の鳥居尾巻おまき殿。

 彼が齢八つ(現在満六歳)にて御親兵ごしんぺい最下位の二等卒にとうそつにございます故、新たに下に三等卒さんとうそつの位を設けましょう。

 彼らは、幼少によりいましたる能を揮うに至っておらぬ八つの子供を上官として仰ぎしたがうことになりまする」

 算術の神童であるふゆ殿のような場合を除き、大の大人が尋常科の一年坊主を上官と仰がねばならぬのは、対外的に見ても十分に罰となるはずだ。


 因みに。御親兵に於いて二等卒とは訓練途中の新入りの位。半年の訓練を終え一人前の兵卒と認められると、自動的に一等卒へと昇進する。ここまでは小学生が上の学年に上がるが如き容易さなのである。

 それなのに寅之進殿や喜久馬殿は、向こう三年見習い隊士の更に下に留め置かれるのだ。


 このことを説明すると、忽ち当の寅之進殿・喜久馬殿達は情けない顔となり、仔犬が飼い主に縋るような目となった。

 これには退助殿もわしの傍らの乙女おとめ殿も心から同情。

「今の二人の心中思うたら、いっそ死んだ方がましかもしれん」

 と退助殿が言い。

「尾巻殿は壬生みぶの大名家・家老のご継嗣けいし様と聞いちゅー。粗忽者めは、生まれの身分が違うと己を納得させるしかないろう」

 そう、気の毒そうに乙女殿が漏らした。


「口惜しさから今死ねば、何の意味も持たぬ無駄死にとなりまする。

 退助殿。土州侯様のお望み通りの話為れば是非も無し。両名には腹に飲み込んで貰わねばなりませぬ。

 さもなくば、池田と宇賀の家がお取り潰しと成っても、否は唱えませぬぞ」

 容赦せずにわしは告げた。古今より、上の命令に服せぬ兵隊程、始末に負えないものは無いからだ。



「さて。これから上士の側やき、一寸ちっくと気が重い。体裁こそ整えてはおるけんど。罰やき、銭を与えんき、浪人と大して変わらん艱難かんなんの遊学となるきな」

 上士の体面を慮り、あくまでも遊学の体裁を取ってはいる。しかし、要は世間の荒波に揉まれて来い、と十分な金も持たせず、五年は帰って来るなと放り出すのである。

 恨みに思う者が出ても不思議では無いのだ。


 そこでわしは申し出た。

「少しお待ちくださいませ。今、両名にベタ赤の階級章を付けた戎衣じゅういを着せ、連れて参ります。処分を受ける破廉恥はれんち組も、まつろわぬ者に対する処遇を聞かば、おとなしく上意に服すことでありましょう。最低限の礼儀を教えてから向かいますので、しばしお待ちを」


 因みに前世に於いてベタ赤は、新兵が入営時に付ける階級章であった。

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