金剛石の御製

金剛石こんごうせき御製おおみうた


 高知の街を退助たいすけ殿に連なる行列が行く。


 最後尾。馬匹の代わりに、一人一台のリアカーを引くのはベタ赤の兵隊二人。

 荷は刃傷被害に遭った上士への賠償と見舞いの品であった。


 賠償である米俵二つと銭十二さしの車の後ろには、見舞いの酒樽二つを積んだ車が続く。

 その酒樽の上に鎮座して二人をこき使っているのは、

「もっと丁寧に運ぶのじゃ!」

 金筋二本に星一つ。少尉の階級章を付けたふゆ殿である。


「はい! 少尉殿」

 返す言葉は従順そのもの。

 こうしてわしより幼い女の子の下に付き、こき使われている哀れな姿を見た者は、誰しも同情を禁じ得ない事だろう。またそうでなくては、彼らへの処分が軽過ぎると言う声が起こることだろう。


 果たして、道々で人々の口の端に上るのは、寅之進とらのしん殿喜久馬きくま殿に同情的な声ばかり。

「可愛そうに。あんな子供にこき使われて。わしやったら潔う腹を斬るろう」

「いや。勝手に切腹すると、お慈悲をもろうた殿様に逆ろうた咎で、実家はお取り潰しちょか」

「なんと! 死ぬることも許されんとは、なんとも気の毒な話や」


「命を拾うたとは言え、ああは成りたくないものじゃのぉ」

「げにそうにゃあ(本当にそうだな)。あれが上士に逆ろうた者の末路や。せいぜい命ぎたのう生き延びて、恥を晒し続けたらええのやよ」

 彼らを蔑む上士さえ、いい気味だと留飲を下ろしながらも憐憫の情を抱いているようだ。


 そんな市中引き回しのような大回りをした道程の末。上意を告げる退助殿は、大勢の野次馬を引き連れる形で申し渡しの家の門の前に到着。途中から、お遍路さん達まで見物に来ている程の騒ぎである。。


 念のため、わしは何かあったら護れるよう、退助殿がわしの右斜め前方に成るように位置取った。



 退助殿は先程同様、処分を申し渡す全員の名を挙げた後。

「……右の者。五年間の遊学を命ず」

 と事務的に告げ、二息ほど間を置いて、

「わしはおまんらが、自らのくらきを知り生まれ変わる事を期待したいものや」

 と私的な言葉を続けた。


「おまんらは、素晴らしい素質を持っちゅーがやけんど、今はすなの混じった砂金であり、未や磨かざる璧の石なのや。

 知っちょるかもしれんが、韓非子かんびし和氏かしの章に、こがな話があるんじゃ」

 退助殿はさとすように話を始めた。

――――

 昔、楚人の和氏は、山中でぎょくの原石を得た。

 そこで恭しくれい王に献上した。

 厲王は職人に鑑定させたところ、職人は「ただの石です」と言った。

 自分を欺いたと思った厲王は、罰として左足を切らせた。


 厲王が亡くなった後、後を継いだ武王にも同じように献上したが、今度も職人は「ただの石です」と言い、今度は右足を切られてしまった。

 武王の亡くなった後、文王が帝位に就いたが、和氏はその原石を抱き、山の麓で泣いた。

 三日三晩泣きつくして、涙が出なくなり、血の涙を流した。

 文王は人を遣わして、なぜ泣いているのか尋ねた。


「足切り刑に遭ったことを嘆いているのではない。宝玉なのに石とされ、正しいことを言っているのに欺いたと言われたことを悲しんでいるのだ。これが悲しんでいる理由だ」

 和氏の訴えに、文王は職人にその原石を磨かせると、素晴らしき宝玉を得ることが出来た。

 そしてその宝玉に『和氏のへき』と名付けさせたのである。

――――

「こうして、完璧の成語で有名な『和氏の璧』は誕生したのや。

 磨かずば、十五の都市の値を持つ『和氏の璧』さえ只の石なのやき、五年の遊学の内にたまの光を得る事が出来たら、どいて重う用いられんことがあるのやろうか?」


 退助の話に、知らずわしは口ずさんでいた。

――――

♪金剛石も磨かずば 珠の光は添わざらむ

 人も学びてのちにこそ まことの徳はあらわるれ♪

――――

 気が付くと、わしに注目が集まっている。


登茂恵ともえ殿。今の歌は? まっこと佳き歌じゃのぉ。登茂恵殿のか?」

 退助殿の問いに、わしは慌てた。

 前世の子供時代に習った有名な唱歌ではあるが、作者は明治天皇御妃おきさき昭憲しょうけん皇太后陛下。

「こ、これは金剛石こんごうせき御製おおみうた御座おおまします」

 わしの作であるなどと不敬で大それた誤解を生まぬ内に、これが御製であると声高に主張した。


「初めて聞く歌けんど、やはり巨勢こせの言い伝えやか?」

 退助殿の問いに、わしは笑って誤魔化す。この時代は未だ存在しないからである。



 五年の遊学を命じられた破廉恥はれんち組の面々は、自分が磨かれざる和氏の璧と持ち上げられて気を良くし、随分と和んでいた。

 それまでの張りつめた空気は随分と緩んでいたのだ。


「ん?」

 突如、わしの背を焦がす気配が生じた。

 紛れも無い。殺気だ!

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