退助遭難

●退助遭難


江家こうけ孺子こぞうぉ!」

「将来の賊!」

 二つの声が同時に起こり、野次馬の中から飛び出したお遍路さん姿の男二人。

 わしの左と退助殿の右から挟み撃ちするように、刃を上に腰溜めに構えた男達が突っ込んで来た。


 最早抜き打ちに斬れる距離では無い。退助たいすけ殿は、避けぬ? 賊と退助殿を結ぶ延長線上にわしがいるからか。とは言え、わしも似たようなもの。左からも刺客が迫っていたからだ。


「右は任せた!」

 言って、左からの刺客に専念する。こちらも軍刀を抜く暇はない。息を吸い込んで止め、現在の刺客の姿を注視せずにぼんやりと見る。鼓動の高鳴ると共に、辺りの音は掻き消え世界は彩を失い、時は引き延ばされた。


 未熟過ぎる足運び。これは武術を習ったことのない者のドタ足だ。体幹は揺らぎ視線も恐らくぶれて居る事だろう。それが九寸(二十七センチ)ばかりの、白木柄の粗悪な刃を腰溜めにして、身体ごと突っ込んで来る。


 刃の軌道は変えれまい。そう踏んだわしはこの場で身を沈み込ませる。そして滑るように足から刺客の足元へ突っ込んだ。

 そう。ちょうどサッカーのスライディングタックルだ。

 しかし、狙うのはボールでは無く刺客の脚。しかもわしの片足を、刺客の両足の間に潜り込ませると同時に身体を捻り、蟹ばさみに刺客の右腕側に転がす。その際、わしの足が股間を突き上げていたのは言うまでもない。


 女には絶対に解らない猛烈な激痛に悶絶する刺客。ここまで鮮やかに決まったのは、ひとえにわしの体躯たいくが子供故の小ささであったからだ。


 わしが蟹ばさみを極めた時、退助殿も左肘の当身を鳩尾に見舞う事に成功していた。右胸を突かれたように見えたが、当身を食らった刺客の突きは、腰の入って居ない軽い物。しかも左の肘は、右足を引いて半身と成りて躱しつつ繰り出されていた。為に進入角も小さく陣羽織を貫いた刃は、胸に刺さりて血を啜ったが、傷は至極浅いと見た。

 別して刃に毒でも塗っておらぬ限り、致命傷には程遠い。


 退助殿の今の一撃に一瞬怯んだ右からの刺客。その間にわしは跳ね起き様、倒した刺客の手首を砕けよとばかりに踏みつけた。そして刃を奪い取り上げる流れのままに、右からの刺客の顔面目掛けてふわりと刃を投げ付ける。

 下から浮かび上がるように飛来する刃。そいつを思わず、刺客は刃で払い落とした。


「ふぅ」

 ここまでが一呼吸。警戒しつつも息を吐き出す。

 敵が未熟者で良かった。反射的に自分を護ったその動きが、退助殿に距離を取って鯉口を切る時間を与えたのだから。刺客が今、迂闊に飛び込めば一触に斬られることだろう。


 この時。退助殿の口が刺客に向けて一齣ひとくさり動かされるのを見たが、失われた彩と音とが戻って行く途中であった為、わしには良く聞こえなかった。

 彩と音とがすっかり元通りに為るのは、襲われたわしら以外が動き出す時まで待たねばならなかったのだ。


「取り押さえるのじゃ!」

 ふゆ殿の号令に動き出す御親兵ごしんぺい


 刺客が捕えられ、辺りは喧騒の只中。再び緩んだ空気が辺りを満たして行くのを感じた。もう事件は終わりなのだと。

 しかし、まだわしのチリチリとした感覚は消えぬ。最早肉弾を用いての襲撃は不可能となったと言うのに。


 待て! 肉弾なら無理?

 わしは咄嗟に、空の神兵の物を模した鉄兜を外した。神兵のように革製では無く鋼と軟鉄を組み合わせた重い物であるが、あのつばの無い独特の形状の奴だ。


 果たして次の瞬間。くるくると縦回転をしながら落ちて来る円筒が見え、わしはそれに向かって飛びついた。

 地面に抑え込んだ次の瞬間。ドーン! と言う響きと共に、わしの体が浮かび上がる。

 爆発したのだ。


登茂恵ともえ殿ぉ!」

 彩を取り戻しつつある世界に、退助殿の声が響いた。

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