我ら死すとも道理は死せず

●我ら死すとも道理は死せず


 黒くみなぎるるは爆煙ばくえんか? 煙硝えんしょうと言う花の香の朦々もうもうと立つ土煙。


登茂恵ともえ殿ぉ!」

 不如帰ほととぎすのような声の響きが木霊する。

 あれほどの爆発に飛び込んだのだ。無事では済まされまいと思うのは当たり前だろう。

 しかし、

「はぁ~。間に合いましたか。皆様、お怪我はございませぬか?」

 視界の晴れる間もなく響いた、ある意味呑気なわしの声に、あんぐり口を開けるのは退助たいすけ殿。


 実の所。手榴弾の殺傷能力は爆発の衝撃に寄るものではない。爆発その物だけならば、実は皆が思うほど大したことは無いのだ。殺傷力の正体は、爆発で撒き散らす破片等である。

 咄嗟に爆弾に飛び付いたわしは、爆風と飛び散る破片を地面と鉄兜で防いだのである。

 両の二の腕で耳を塞ぎ、口を開けて衝撃に備えたお陰で直後の聴力も十分に生きている。

 これも鉄兜が十全に役割を果たしてくれたおかげなのだ。


 それはさておき。風が散らした土と火薬の煙。露わになった地面には、抉られた傷跡がある。

 既に何度も実験済みとは言え、御親兵ごしんぺいが使う手榴弾より威力が少なかったとは言え。皆は肝を冷やしたであろう。わしはほぼ理想的に爆弾を往なす事が出来たのである。



「前々から試しちょったのは、この為やったのか。

 確かに、剣術でも槍術でも、技を編み出いた時には防ぐ技や返し技を考えるのが当たり前だけれど。

 投げ返された手榴弾を防げざったら、使いにくいろうな」

 わしの遣る事に、もういい加減慣れてしまった宣振まさのぶとは対蹠的たいせきてきに、

「おさぁは、不死身なが?」

 不死身なの? と、まだ開いた口が塞がって居ない退助殿。

此度こたびは空の神兵に助けられました」

 問われて自然と、わしの心の底根からの言葉が出た。

「空の神兵?」

「はい。神兵にございます」


 そう。前世からの憧れ。落下傘部隊のそれを模した鉄兜がわしと皆を護ってくれたのだ。

 男ならば、誰でも憧れるぞ。なにせ部隊長のたかが中尉如きが、聖上おかみとの単独拝謁の栄誉に輝いたのだぞ。

 全てが過ぎ去った後の時代の人間には想像付かないだろう。しかし当時の少国民は勿論、すでに万里を征した古強者ふるつわものでさえ心を躍らせずには居られなかったあの高まりを。


「神兵かぁ。そう言うたら、姫さんは八幡姫やわたひめの二つ名もあったやき。

 神さんが神兵遣わして、お守り下さったんや」

 しみじみと宣振口にした。



「皆様ご注意を。次の襲撃があるやもしれませぬ」

 警告を発して、わしも備える。

 命を狙われたことになっているのは退助殿とこのわしであるが、敵の目的が上士と郷士の対立を深めると言う事ならば、今ここで釘を刺しておく必要がある。


「噂然り、此度こたびの襲撃然り。何者かが、上士と郷士の溝を殊更深めようと画策しておる模様にございます。

 果たして、そのような下劣な悪人原あくにんばらの思い通りにして宜しいものにございましょうか?


 退助殿を殺さば自儘じままになる? この登茂恵ともえを殺さば自儘になる?

 いいえ! 仮令たとえお殿様や参政殿、大樹公たいじゅこう様までも弑逆しいぎゃく致そうと。

 否、仮令、おおそれ多くも一天万乗いってんばんじょうの天子様を、私第しだい行宮かりみやへと宮遷みやうつらせたてまつろうとも。

 断じて言います。この世から道理と言うものが死ぬる訳ではございませぬ」

 と、辺りに居る者達に訴える。

 こうして御親兵が警戒を強める中。 騒ぎを聞きつけだんだん集まって来る人々の群れ。今ここには、上士も郷士も町人も居る。

 わしは、朗々と演説を続けた。


「土州郷士、並びに地下浪人ぢげろうにんの皆様。

 皆様は一度は四国を統一した、戦国の一両具足のすえと伺います。

 また土州上士の皆さまは、織右府しょくうふ様と豊太閤ほうたいこう殿下の覇業を助けた山之内家主力の後胤こういんにございます。

 そして市井しせい人衆じんしゅういえども、先祖代々難治なんちの暴れ龍を鎮めて来られた猛者にしあれば、礼を以って遇すべき、山之内家のお宝にございます。


 さて。真か作り事かは存じませぬが、実家・江家こうけの三矢のおしえは広く人口じんこう膾炙かいしゃする所。

 メリケンの者によると、耶蘇やそ聖書みふみにも、

『どんな国でも内輪で争えば、荒れ果ててしまい、どんな町でも家でも、内輪で争えば成り立って行かない』

 と書かれておるそうにございます。


 先に申した通り、郷士も上士も人衆も全て傑物にしあれば。相争うては土州騒乱は必定。

 相争うて得をするのは、いったい誰にございましょう?

 上士でも、郷士でも、人衆でも。勿論、ご政庁でも土州をすお殿様でもございませぬ」



 後知恵で考えれば。この時のわしは、高揚し過ぎて居たのかもしれない。

 第三の襲撃や、土州政庁・上士・郷士の問題にこそ頭が回転していた。しかし、つい先ほどほぼ無意識に口にした言葉が齎す影響については意識の埒外であり、すぐに忘れてしまっていたのだ。

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