焦尾返し
●
「お疲れ様にございます」
労いの言葉を掛けるわしを後目に、乙女殿は傍らの
「
兄上と相談した結果、此度の祝いにすることになったぜよ」
と言った。
「落し所ではありますね。
お春、持って来て下さい」
わしの合図にお春は長持を運ばせる。
「これは?」
「
開いて中を見せると、
「初めて見る物ばかりです」
乙女殿の目は輝いた。辺りに放つ
「これがすり減った施条を刻み直す
こちらの
わしが指差しながら説明を加えると、知らず身を乗り出して来る。
「あちらの新式鉄砲は高価と聞きいちゅー。ええのやか? 数もあまり入って来ちょらんのに」
情報元は、才谷屋からか夫君からかは判らぬが、椎の実型の銃弾を見て新式だと判るあたりかなり詳しい。
「これは
「凄いのう。これを八島の者がつくったのやか」
感心する乙女殿。
「こちらが雷管式への交換部品。こちらが専用の
ご自分で玉薬をお作りに成れると伺いましたので、敢えてこちらに致しました」
乙女殿なら人として信頼は出来るので、雷管製造の工具を渡しても構わないのだが、こればかりは自重した。
機密と言うこともあるのだが、何せ爆発事故が怖いのでな。
そもそも。
知識は書物で十全に学べるが、技能は読んで身に付くもので無いからである。
余談であるが。
雷汞は水銀化合物であるため、起爆剤として後年取って代わられるDDNP、即ちジアゾジニトロフェノールも考えてはみた。しかし製造過程で下瀬火薬として有名なピクリン酸を経る。
こいつは雷汞より更に危険な代物で、金属に触れるや否や爆発を引き起こす。おまけに毒性も高い為、小銃の使用者に扱わせるのには甚だ不都合になのだ。
同じ理由で、
鶏の羽で少量ずつ
さて。冊子にも書いてある内容を口頭で説明し、質疑応答でご認識を改める。十分な理解を担保する為だ。
幸い乙女殿は、弟・龍馬に教える為に一歩先んじて学んで来ていたため、安心して引き渡す事が出来た。
技能は無くとも技術は既に備わっていたのである。
その上で、
「雷汞は作るのも難しく、下手に扱えば指が飛びまする。決して、乙女殿手づから雷管を作ろうと為さらないで下さいませ。また、鉄砲に関わる全てはきちんと管理を願います。もしも子供が悪戯をしたら、死ぬとお考え下さい」
と、釘を刺しておく。嫡男殿は今、いたずら盛りと聞いておるからだ。
「それにしても。
「大騒ぎしてばかりと言われても……」
わしのせいばかりではないぞ。
「
確かに、常ならば土州を二分仕掛けるような騒動は、身分の低い側の当事者や関連者が詰め腹を切らされる落着だ。
それにわしが横車を押した。正確には、手籠めに成り掛けた被害者だから、助けた郷士の側に与力しただけではある。
「それは私共の都合であって、お陰様と言われても恐縮するばかりにございます」
実際。
わしとしては、迷惑どころか手間が省けたと言うのが真相だ。
そんな心中を隠しながら、和やかに
「たったったっ……大変じゃ!」
肩で息をしながら、言葉を吐き出したその男は……。
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