掘立小屋

●掘立小屋


「へぇー。初めてで落とさへんとは流石やなぁ」


 今のはこちらをはかって見たのだろう。愉快そうにこちらを見る。


「お前ら。改めて見るとちんこいーな」


 と呟いたガキ大将は、すまし顔のわしと無言でにっこり笑うおりんとを代わる代わる見比べて、


「そっちのはお侍の子のようやが、草摘みで稼ごう思たらわしの支配に入って貰う。

 なあに身分隠したお公家はんの御曹司かて、草摘みすんなら皆おんなじ。嫌ならさせん。それだけや。

 どないする? 坊ちゃん」


 と尋ねた。

 なるほど。ここいらの草摘みの利権を握っているのが、この大将と言う訳か。



「私は明日にはここを立つ身です。草摘みで稼ぐ気はありませぬが、おりんの良い稼ぎとなるのであれば、手伝ってやる積りです」


「そうか。なら今日一日、そのちび面倒みたってや。ちいと前まではレンゲの根っこも集めてたが、今はヨモギ採りやな。

 籠はそこのを持って行け。小籠で量るさかいそっちもや。

 今日は夕方には親方の使いが受け取りに来るんでな。イモや豆でええなら構わへんが。銭欲しいなら、急ぐんやで」


 そう言うとガキ大将は、立て掛けてあった鍬を執り、


「わしも畑あるさかいな。夕方にはまたこっちに来る。きばりや」


 野良仕事へと出掛けて行った。



「親方って、どちらにお住まいなのですか?」


 案内の守り子の少女に尋ねると、親方はここから二里半ある下京に居ると言う。

 捕物帰りにも見たが、上京とは異なり田畑の目立つ鄙びた所だ。



 それから二刻半。

 日の入りにはまだあるが日が傾いて来た頃。わしとおりんと案内をしてくれた守り子の少女は草摘みを終えた。

 この辺りはもう先の者が取っていたので、一人頭で小籠に三杯あるか無しか。しかし。これならおりん一人でもなんとかなろう。

 専念してなら割に合わぬが、子守ついでなら塵も積もればなんとやらだ。



「もう、ヨモギも仕舞いやな。次はなんやろう?」


 帰る道々話す守り子の少女は、


「明日出る言うたけど、あんちゃんはどこのお侍や?」


 と聞いて来た。

 やはり男に見えるのか。確かにわしの身形も振舞いも、娘のものとは思えないだろうが。


長門ながとにございますよ」


 教えてやると、


「長門ってどこや?」


 と聞いて来た。わしは彼女の知る世界の外の住人らしい。


「ご府中は存じていますか?」


「うん。鬼のむ国やろ」


 流石にご府中は知って居たか。しかし京の人間にとって、東国は今でも東夷あずまえびすと言うのには恐れ入った。



 因みに「夷」と言う文字の源を紐解くと、人の象形である「大」の字と「弓」の字を組み合わせた物。

 夷と言う文字は正しく弓執る者の象形だ。だから弓執りを生業なりわいとする東国武士を東夷と呼ぶのは、侮蔑ばかりでは無く武士の本質を表していたりもする。



「鬼の棲む国ですか……。私はこれからそこへ参るのですが」


 すると守り子の少女は、罰が悪そうな顔をして


「おかあちゃんがな。悪い事する子は、ご府中に連れて行かれる言うねん」


 と口にした。


「そんな遠い所ではございませんよ。たかで半月の旅にございます」


「半月! 遠いなぁ~」



 そんな事を話しながら、まだ日の傾かぬ内にわしらは、先の掘立小屋に戻って来た。


「大将。おるか? 採って来たで」


 守り子の少女が戸を開けると、子供達が木札を銭と交換している所だった。

 あれが親方の使いなのだろう。浪人風体の男がガキ大将の横に立って居る。


 男は、わしを見るなり鯉口を切ってこう言った。


「小僧! うぬは小笠原長門おがさわらながとの手の者か!」


「小笠原長門?」


 生憎、その名にとんと覚えがない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る