トーチカ
●トーチカ
野蛮人の作った粗末な防衛設備。そう思ったのは早計であった。
騎兵隊長ウラジーミルは、土で作られた塹壕の前に気の短い連中が全滅するのを目の当たりにした。
確かに統制を無視した跳ねっ返りどものそれは、本式の突撃とは似ても似つかない緩慢なものであった。しかし
「何でこんなことに」
そもそも戦いに来たのではなかった。軍事力の優位を見せ付けた上での交渉だった。
その上で然るべき利を与え、他国に先駆けて紫の絹と言うパイを確保する為であった。
所が初手から躓いた。阿呆めが威嚇射撃を浴びせ交渉中断。応射の大義名分を与えた上での小競り合いで、肝心の軍事力に於いても我が方を侮らせるような失態。
交渉を再開させようにも、あちらからの銃撃は続いている。
「砲弾、残り僅か」
報告が上がる。
粗末と思えた土塁は、用意して来た大砲で排除できていない。
しかも土塁を護る為に備えられたあれは何だ?
「べトン……。まさか東洋の小国に小規模ながら要塞があったとは」
固めた土の上を鎧うべトンの銃眼。刀槍を受け付けず小銃弾を撥ね返すそいつは危険だ。裸身の騎兵では突破不能と見た。
「こう言う時の為の大砲なのに、もう弾切れか」
ウラジーミルは苦々しく吐き捨てる。
恫喝目的の為、大した弾薬を持って来なかったことが大きく響いている。
「何て言う事をしてくれたんだ」
交渉の責任を持つ文官が、今更ながらの様に騒ぎ立てる。
確かに悪戯者が事を起こした時、喚いてはいた。しかし一旦は追認したではないのか?
相手に余り損害を出さぬ程良い所で、矛を収める条件で。
幸いと言っては何だが。陣地に籠って戦う相手には、こちらを攻め立てる手段は無い。手詰まりはあちらも同じだ。
まだ弾の残る今の内に事を納めなければ。
私は白旗を用意させ、停戦を申し入れる事にした。
「登茂恵殿。停戦の申し入れです。
悪戯者のせいで、心ならずも戦いと為ってしまった。しかし、我らは元々交渉をしに来たのである。
出直す故、ここで矛を収めて貰いたい。
と言っております」
良庵殿の通訳にわしは、
「仕掛けて来たのはそちらの方である。
私としては、大人しくお帰り願えるのならば応じても構わない。
次は武器では無く
なお、口上の願いが有った事は、伝えて置く」
停戦受諾の文言を告げた。
仕掛けたのはあくまでもあちらからである。
御親兵には虫が良いと言う声もあったが、わしは敢えてそこを通した。
オロシャは、ツアーリの時代も
ツアーリの親書を携えるこの場の最上位者が、停戦を望むならば受けておいた方が良いのだ。
「登茂恵殿。お手柄大儀」
「あれをお手柄と思うては為りませぬ。
オロシャが戯れて参ったじゃれ合いに、そこそこの骨はあると実力を示しただけにございます。
本腰を入れた侵攻ならば、一触に粉砕されていたのはこちらでございました」
「よしそうだとしても、乱暴を取り押さえたは事実。お上もお慶びになって居られまするぞ」
「真に以って恐悦至極にございまする。
されど、ここで増上慢の振る舞いこれあらば、忽ち国難と相成りましょう。
別して攘夷などお口に召さるな。
それよりも。オロシャが紫の絹を欲して朝貢に参った事を重く見るべきにございまする」
「朝貢とな」
「はい。オロシャの
君子の国である八島としては、放置する訳にも参りませぬぞ」
わしは脅す様に岩倉殿に向けて明言した。
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