養母の供応

●養母の供応


 護衛に犬上軍次いぬがみぐんじ殿。お供にお春では無くお伊能いの殿を連れて、わしは遣わされたお駕籠の中の人となった。

 軍次殿もお伊能殿も御親兵ごしんぺいの軍服姿で、わし一人が奥方様拝領の西陣を纏う。

 大樹公たいじゅこう家仕官に当り、正式に奥方様の養女となって居たから、公式には奥方様はわしの母上に当たり、ご世子せいし様は兄上に当たる。


 江家こうけ府中ふちゅう上屋敷かみやしき

 護衛の軍次殿を途中に置いて、招かれたわしとお伊能殿が奥へと通された。



「母上様、兄上様。ご健勝、祝着至極に存じます」

さちや。此度こたびのお手柄、母も嬉しく思うております。

 他の者も招きたいとは思いましたが、お伊能殿の他はお旗本のご息女やら他家の家老のむすめにて、呼んでは却ってご迷惑。

 よって、江家こうけのご府中屋敷に呼んでも差し支えない、幸とお伊能殿の為、ささやかながら一席設けました」

 奥方様が言い終わるのが早いか。ふすまが自動ドアの様に開いて運ばれて来るぜん二つ。

 わしの前にこう置かれた。


     [前]

 ――――――――

  平   膾 

   香の物    ――――

  飯   汁    菓子

 ―――――――― ――――


 略式ながら一汁三菜。酒を飲まぬわしらの為に、焼き物に代えて菓子を配した心尽くし。


 いいは空豆と菜の花の炊き込みご飯。しる真鯛まだいのアラ炊きでこうは芹の浅漬けだ。

 尾頭おかしら付きではないけれど、ひら(煮物)はたけのこを添えたメバルの酒蒸し。出汁を兼ねた干し椎茸に、彩りの青ネギとを乗せた見目好き姿。

 なますは酢味噌の野蒜のびる土筆つくし 。菓子は白餡に梅を練り込んだ竹流し羊羹を輪切りにして、梅鉢の如く五つ配した物であった。



「前代未聞の御前出入りに賊撃退。はたと思えば今度は町方相手の大立ち回り。まこと、幸には退屈致しませぬ。

 聞く所によると、赤鬼羽林うりん殿から感状をもぎ取った幸と配下のお働きは、今度芝居になるとやら」

 奥方様は愉快そうに、たもとで口を隠してころころと笑う。


「なんでも水府黄門漫遊記と二本立て。連日大入りであるとか。

 それにしても。黄門様の芝居で水府一刀流の凄まじさを見せつけた話の後で、御親兵の羽林救援の芝居を当てるとは愉快である。引き立て役にされる水府一刀流こそ良い面の皮じゃ」

 ご世子様はいかにも痛快な顔をして、

「幸の仕込みであると言う話も聞くぞ」

 とわしの目を見る。


 予定通り、水府黄門漫遊記は水府義公ぎこう(光圀公)を褒め称えると同時に、桑を指してえんじゅを罵る遣り方で当代老公を揶揄する内容になっている。しかし、表向きは水府老公を山と仰ぎて褒め称えている為、水府も文句を言えないようになって居た。なぜならば、文句を口にすれば自ら当代老公をくたすことになってしまうからである。

 御親兵の活躍は記憶に新しく、ご府中の人口に膾炙する所。如何に水府が厭おうとも、彦根中将様を襲ったのは前日まで水府ご家中であった者達なのである。


 それぞれの芝居は水府が目くじら立てれぬ内容。されど二つの組合せは、明らかに水府を散々に扱き下ろして居た。


「さぁ。何の事でございましょう」

 今世のわしは数えの十一。尋常科で言えば今度四年生に上がる歳である。されど中味は百歳の老爺ろうや。しらを切るのは慣れている。


 此度こたびの事。いかにも元はこのわしの筋書であるが、よもや三つの芝居小屋と七つの寄席が、漫遊記と御親兵を扱うとは思わなかった。

 新しき水府老公のお話は、俳人に代えて剣豪・柔名人・男女の忍び・滑稽な幇間たいこもち姿の鬼役を当てたことにより、痛快な活劇物に変化した。

 娯楽の少ないこの時代。これだけでも大当たりを取るのは当たり前だが。これに御親兵の話が加わってさあ大変。子供が芝居を真似て遊ぶほどの大流行。


「お労しや。水府としては、複雑なお気持ちでございましょうね」

 言いつつも、奥方様は全く気の毒がっては居られぬ様子。


「お幸。今の時勢を何と見る?」

 ご世子様がわしに問うた。

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