黙さぬ木鶏

もださぬ木鶏もっけい


 加わったのは四人。


「よう。登茂恵ともえっち」

 一人はトシ殿。

「おや、登茂恵様もが」

 えーと。確か、

茂重もえ殿にもお召しがあったのでございまするか?」

「ありがでえごどに、上様に又者まだもんのおらがな。

 あだらしいどし挨拶あいさづさ許されんはお家んほまれって、

 あんにゃが大晦日おおつごもりに家さ文をおぐる騒ぎだった」

 良かった。間違えて居なかった。

 共に過ごした時間こそ短いが、茂重殿は同じ日に大樹公たいじゅこう様に拝謁し、一緒に偏諱かたいみなを授けられた仲だ。


 そして、

島崎しまざき殿」

 先の大喧嘩で骨を折ってくれたトシ殿のお知り合い。同じ道場で師範代を務める島崎勇しまざき・いさみ殿であった。


「島崎殿も武術始めに呼ばれたのでございますか?」

「左様。此度このたび上手く行かば講武所こうぶしょの教授あるいは助教授に成れるやも知れぬとのお誘いを受け申した。

 ここで兵法ひょうほう達者を示さば。不味くとも手明てあきき郷士として士籍しせきを得、無禄なれども名字帯刀を許されるとのお達しにて、本日まかり越した次第」


 わしの建白は、どうやら採用されたようだ。

 無役無禄の待遇でも武士として認める代わりに、いざと言う時は武士として働いて貰う郷士の隊。そこに至る明確な一里塚が据えられたと見て良い。

 郷士でも武士となれば農民・町人とは違う。最下位でも武士は武士。身分の壁で可惜あたら道が閉ざされる事が無くなるのだ。


 最後の一人は見知らぬ男。軽く私語を交わすわしら四人から、一人孤立したようにたたずんでいる。

 彼は背が高く色白で、目に強い知性の光を宿していた。身の内より十分に学問を修めた者特有のインテリな雰囲気を漂わせ、しかもしゃんとした体幹に揺ぎ無い。当に文武の才に満ち溢れた人物と見た。

 しかし。初対面にも拘らずわしの中で消魂けたたましく警報が鳴った。こいつに近付いてはいけない危機感を覚えたのだ。



 やがて一刻程続いた御進講ごしんこうは終わりを告げ、御伽坊主に案内されて移動した。

「間も無く上様がお出まし遊ばれます。此度こたびは皆様に席次はありませぬ。ここにて待つように」


 わしらを皮切りに、板張りの部屋には次々と武辺者が集まって来た。

 そして最後に別式女べっしきめたき殿が入ってより百ばかり数えた後。

「上様の、おなぁ~りぃ~~!」

 自動ドアのように戸が開いて、大樹公様が現れた。


「新年の御慶ぎょけい言上ごんじょう申したてまる」

 代表して挨拶を奉る瀧殿に合わせ、皆が一斉に大樹公様に平伏した。


「めでとう。皆の者、面を上げて楽にせよ」

 仕来り通りに大樹公様は挨拶を返す。


 挨拶の終わった瀧殿はこちらを向いて直り、

東条一堂とうじょういちどう門人・木鶏もっけい清川きよかわ 藤原正明ふじわらのまさあき殿。

 ご上意である。武芸始めにあたり、武をひろめんとする、おんみの存念を述べよ」

 とった。

 木鶏が号。名字が清川。本姓が藤原で諱を正明と言うこの人物。それがわしの見知らぬ彼であった。



卒爾そつじながら。拙者は又者またものにも満たぬ下郎げろうにございますればひらに」

 この時代の風儀ふうぎに基づき、自らを卑下して辞退する。しかし、

「良い。申せはよう。此度こたびはそちもわれが客。

 下郎なれば俎豆そとうしらぬも当たり前。構えて咎め立てはせぬ。

 さぁ。早う致せ」

 まどろっこしさに、お前も客なんだから遠慮するな。身分が低いなら礼儀を知らないのも当たり前だから咎めない。と急かす大樹公様。


 これを見て清川は、

おそれながら言上ごんじょうつかまつります」

 そう言って、威儀を正し吐く息吸う息整えた。


――――

 思えば、いとし。

 神君みことのりたまわりしより、年りましき二百五十余。

 武をみひかりを重ねて代々よよましますこと十四代。

 長く太平のなだたもち給う。


 しかれども、光ある所に影はあり。

 くも長きみひかりの、武をせ給う太平の間、外国とつくに虎狼ころう修羅しゅら蟲毒こどくに終始せり。

 くして大八島おおやしま外国とつくに一籌いっちゅうす。


 ああ時世じせい四海しかいを乱す外国とつくに多し。

 虎狼ころうおびただしくして、遂に太平のなだを割り、火砲ほづつもっ祖法そほう海禁かいきん抉開こじあけぬ。

 孤狼ころうもちいて八島が富を奪いつつあり。


 あはれ元寇に勝る国難のとき虎狼ころうもだすはいずれの日か。

 入れよふくろに忠誠の志士。わが武を伸べん日を計らん。


(解説)

 思えば、早いものです。

 初代の大樹公様が天子様のお言葉を賜って、二百五十年余りが過ぎました。

 戦乱を封じて輝かしい治世を重ねた大樹公家は十四代続き、その長い間、満ち溢れる(洋と言う漢字には満ち溢れると言う意味もある)平和を保ちました。


 しかし光ある所に影があります。

 わが国ではこれほども長き輝かしい平和な時代が続いている間に、外国の連中は戦乱の中、生き残りを懸けて互いに食い合い続けていました。

 こうして大八島は外国に一段劣ってしまいました。


 時代は、世界を乱す外国が多くなっています。

 残忍でこれでもう十分だと感ずる事のない奴らが非常に多く、遂に大平の洋(大平洋と満ち溢れた平和を掛けている)を割り、大砲で昔からの法である鎖国をこじ開けてしまいました、

 更にまた、狡賢くて油断のならない連中が、詐欺のようなやり方で八島の富を奪い続けています。


 ああ元寇以上の国難の時期。奴らを黙らせられるのはいつになるのでしょう?

 大樹公様の選定の中に志ある忠誠の者を入れて下さい。

 私達の武を伸ばすような日を計らいましょう。

――――

 彼は自分を推薦しているとも取れる建白書を提出した。

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