舌戦

●舌戦


「卑怯者? そこの方。今、卑怯者と口にされましたね。どうしてですか?」

 わしは、声を荒げた若い衆に目を配り、問い質す。すると、

「お、おおお、お上のご威光を嵩に、て、てて、手出しさせんのは、わしらに、おおお、怯えてるのも、おおお怯えてるのも、同じずら」

 酷い狼狽ろうばいをして、漸くの事でそう言い切った若い衆に、わしはふっと鼻で哂って言った。

「なるほど。私はお上の直臣、討たば三尺高い柱の上か? 卑怯ではないかとお思いのお方。

 案ずるには及びませぬ。戦場いくさばいて身分家柄は関係なし。ただのきんを取ろるとも飛車角を取ろうとも構わぬが道理。

 私を討った暁にお上から死を賜る事は有り得ぬと、上様のご威信に懸けてお約束致します。


 されど、私をわらべと侮るお方、慢心は為になりませぬぞ。

 私の腕には骨がございます。そちらが求めしいくさなれば、一切遠慮は致しませぬ。


 背中せなの鉄砲は伊達ではございませぬ。いかな豪傑も鉄砲に当れば死にまする。三人力の強力ごうりき可惜あたら空しく散りまする。

 かのメリケン国には、僅か三つで熊退治をしたお話もございますれば」


 三人力の強力とは、力自慢の祐天を指す。

 丁寧ながら挑発的な物言いに、辺りはざわっと慄いた。



「そうかい」

 ゆるりゆらりと大手を振って、わしの前に出て来た祐天ゆうてん殿は静かに言った。

 決して早口では無くゆったりとした口ぶりが醸し出す貫禄は、彼の似姿の如く『痩せけれど腹に込めたり春の山』。


 互いに柔和な眼差しだが、視線を交わすわしと祐天殿の間に繰り広げられる無数の一手。

 ストラボアクションで描かれる幾つもの未来像に、高鳴るわしの胸。

 良き敵と、思わず口元が緩んで行く。



「やるて言ったら?」


 囲碁で言えば接近戦。果敢にツケの一手を打って来た祐天殿に、わしは吼える。


「祐天殿が、じて可惜あたら子分を無駄死にさせる、大層胆の小さき小者であると、自らを貶める結末と相成りましょう。

 流石にこの数と仕合しあえば、手加減の余裕はありませぬ故」


 囲碁と同じく、ここは打って来た一石を囲むぞと脅すハネの一手を打つと、


「わしらのような半端もんは、みなソロバンの弾けん大馬鹿野郎と思えし。

 仮令たとえ後先考える頭が有ろうと、敢えて馬鹿をやらなきゃならんのがわしらの稼業よ」


 とわしの行く手を、蛇の頭を押さえるようにさえぎる祐天殿。


 双方こるならばこれと戦を辞さぬ構えで、パシッパシッと早打ちの碁のように打ち込みを交わす。

 こうして小一時間。激しい鞘当てが繰り返された後。


「御親兵ご差配さま」

 祐天殿が、威儀を正してわしを見た。

半端者はんぱもんで三七崩れのわしらだが」

 少し照れたような赤ら顔。


 そうか。

 九九で三七さんしち、二十一。賽の目をがっしても二十一。故に三七崩れとは、博徒を示す隠語と聞いていたものだが。

 同時にこれは、三六さぶろく合してカブ(9)の所を三七と一つ余計でブタ(0)と為った己を卑下する言葉でもあるようだ。


「いやいや祐天殿。三七崩れなどとは仰いますな」

 わしがそう言うと、

「判った! 委細承知した。喧嘩状、しかと受け取らせて貰ったぜ。

 雲の上のお人でありながら五分ごぶいくさ相手と見て下さったあんたに、義理が今出来た。

 時は三日後の六つ。場所は調布玉川たまがわ分倍河原ぶばいがわら

 祐天殿は喧嘩の日時を指定する。


 上手く行った。上々の首尾だ。

 これで次へ進めると、わしは思わず笑みを漏らさずにはいられなかった。

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