烈々の血脈

●烈々の血脈


 思ったよりもすんなりと、喧嘩の日時は決定した。

 わしとしては、手打ちの場を荒らしてくれた賊に感謝せねばなるまい。供養の為に石塔費を出してやる程度には。


 わしが大樹公たいじゅこう様より命じられたのは、御親兵ごしんぺいの教練。しかし、いくら人死にが出てもおかしくない厳しい訓練とは言え、これだけでは万全ではない。


 前世の下士教育において、わしはこう習った。

 兵をして泥んこ苦行を課すは何の為か。それは実戦で死なせぬ為の福利であると。

 実際。平時の汗一升は戦時の血一石を減ずると言うことを、前世では幾度となく思い知らされたものだ。


 そして今一つ。心にりておかねばならぬ事がある。

 それは兵も兵器も、実戦証明しなければあてには出来ないと言う事だ。


 如何に過酷な教練を課し、平時の犠牲者の屍を積み重ねようとも実戦とは違う。

 例えば訓練の事故にて深手を負った場合、必ず軍医の手による治療を受けられる。しかし、進軍ラッパの直中では、仮包帯が関の山。平時では決して命を落とすはずのない浅手が命取りとなってしまうだろう。


 何とかしてやりたくとも何も出来ない。味方の屍を乗り越えても敵と戦い続けなければ、犠牲者を積み増すのが実戦なのだ。


 一例を挙げよう。

 例えば勇敢なる水兵の歌では、敵の砲撃で致命傷を受けた三浦虎次郎みうらとらじろう君は、程無く副長の見守る中で命を落としたように描かれている。

 しかし、副長は砲撃を受けた直後から、平成の世で言うダメージコントロールに忙殺され、なんとか船を沈ませまいと獅子奮迅。負傷者の事など構っては居られぬ修羅場にあった。

 その間、三浦は弾の欠片くだけで腹を裂かれ、介錯なき切腹状態で何時間も放置されていたのである。


 物量に余裕があり兵隊を大事にすることで有名なアメリカ軍でも、戦闘中の負傷者に衛生兵がしてやれるのは止血・消毒と痛み止めのモルヒネを打ってやることくらいだと言う。

 なぜならば、戦闘中に本格的な手当てなど不可能だからだ。


 とまあ。如何に惨くともこれが戦場の現実である。故に実戦を経験していない兵隊は、当てにすることが出来ない。甚だしきは敵に鉛玉をくれて遣る事すら出来ず、空に向かって発砲するものすらいるのだから。


 そこでわしは建白した。

 御親兵ごしんぺいに実戦経験を積ませるため、格別のお許しが欲しいと。

 結果は満額回答。


「委細承知した。登茂恵ともえ御事おことまかす」


 常ならば許されぬ世間を騒がせる大それた企みであるが、建白書通りに進めて良い。そう大樹公様の言質を戴いた以上、後は実行に移すのみ。



「姫さん。いまさらだが、やるのかい?」

 喧嘩状を引き渡した帰り道。影供をしていた宣振まさのぶが聞く。


 わしが笑って、

「今度の玉川たまがわの喧嘩こそ。歴史に残る前代未聞のものとなりましょう」

 と口にすると。宣振は少し疲れた苦笑いを浮かべた。


「羽林のやつが壊れちゃがまったら天下がおわるうき。乱暴がいなことは姫さん。

 無理や思うけんど、ほどほどにな」

 もうため息交じりに、わしにそう忠言したである。



 襲撃自体は偶然の産物であったのだが、大義名分も立つ丁度良い天の配剤として、わしはしゃぶり尽くす程に利用を図る。


 来る玉川の喧嘩は、後世の史家から第三次分倍河原ぶばいがわらの戦いと呼び習わされる闘いとなるであろう。

 恐らくは前世の荒神山の大喧嘩をも凌ぐ語り草。

 願わくば、長生きして寅造の演目となった話を聞いてみたいものだ。


 ほくそ笑むわしは、あたかも前世昭和の小国民。そう、雄叫びえて難に行く少年戦車兵を仰ぎ見る、尋常科の少年の如く。

 湧き上がる興奮に心を加速させるのであった。

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