第十章 攘夷の勅諚
オロシャの使い
●オロシャの使い
見よ
旗の下で一節、また一節と。朗々と響く我が声を、オランダ語で
尤もこれをあちらから見れば、人に担がせたお駕籠で来る良庵殿が貴人に見えるであろうがな。
「その勇ましき御旗は、オロシャの物と存ずる。
国の威信を懸けての行進、
これより先はミカドのおわす京師。もう何百年も外国人の立ち入りを許可していない聖なる土地なり。貴君らの話を、必ずお
「
我らは貴国を黄金の国と聞く。夥しき黄金の産する国ジパングと。
されど、我らが欲するは掘れば減る黄金に非ず。永遠に生み出される高貴なる紫の絹である。
我らは主ツァーリの威信と御下賜を受ける家臣の為に、格別なる計らいを望み紫の絹の交易を望まん。
勅許を得るに当たり、我らは代価とは別にミカド陛下に献ずる黄金と我が国の産物を持参致した。
大陸の半分を占める我が国が、
礼を知ると言われる八島は、
口上は
ただ己の武を頼む所が大きく、軍勢を見せての交渉だ。
「オロシャのツアーリの御使者ならば尚更の事。貴君らを辱めぬ持て成しが必要なり。
突然の事とて、只今当方に
「心配に及ばず。ミカド陛下への拝謁に勝る供応無し」
押して通らんとするオロシャの使い。
「
ただならぬ空気に良庵殿が声を上げた。
その時だった。
ターン! 鳴り響く銃声。
決して交わらぬ平行線を辿る交渉の最中。それは起こった。
馬上の
脅しの為の威嚇射撃かと思った瞬間。三発目が掲げた旗の綱を切った。
日章旗がひらりと半旗になる。
手元が狂えば被弾していた一弾に、
「撤収!」
わしは交渉を諦めて馬首を返す。
慌てて駆け戻る駕籠の後ろ遠くから、
「誰だ!」
あちらも不本意だったのだろう。悲鳴のようなオロシャ側の叫び声。
ターン! なおも続く銃撃に、わしは馬を駆けさせつつ自陣へ後退。
自陣に逃げ込むわしの後ろから、騎馬が駈歩で追い掛けて来る。
わしの身を案じた
こうして、オロシャの使節との間に、偶発的な戦端は開かれたのである。
逃げ込んだ隙間を鉄条網で閉塞した直後、張り付いた騎兵に向けて横合いのトーチカから応射。
先頭の騎兵が咄嗟に投げたサーベルが、べトンの壁に当たって鉄火を散らす。
「精鋭ですね。トーチカでなくばやられてました」
お
拍子抜けするくらいあっけない。だがさしものコサック騎兵も、数騎程度の小出し戦力を堅陣に繰り出せばこんな物である。
しかし問題は、これでオロシャ側が引っ込みが付かなくなったことである。
改めて大砲を放ち、弾の撃ち合いが開始された。
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