偏諱拝領
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「苦しう無い。皆の者、
どうしてこうなった?
首尾良くわしは、
奥ではなく表も表、ご老中やご祐筆の臨席する広間でのご対面。
陪臣の娘である八重殿なんぞは、緊張のあまり立ち振る舞いがカラクリ人形。
武士の娘故、恥辱に遭えば凛とするであろう。されどこのような栄に浴すのは想定外も良い所。
しかも横手にはご主君の
「会津
鉄砲修行見事なり。よって格別のお計らいを以て、大樹公様より
「今の名を八重と申す故、
八の文字に替えて用いるが良い」
びっくり箱のように、心臓が跳ね上がったかのように見える八重殿の顔色は真っ青だ。
ガタガタと震え、漸くの事で口を開いた。
「めっ滅相も無え。家は大樹公家の通字じゃねぇか。
陪臣の娘が上様の通字拝領するなどどんでもござらねぇ」
偏諱の拝領を断るのは非礼ではあるが、確かにこれは遠慮して然るべき話。
誰も咎める者はいない。
それどころか、
「あいや上様。
「左様でございまするぞ。娘は可哀想に、血の気が失せておるではありませぬか。
これでは公家どもの位討ちも同じ。名前負けで潰されてしまいまする」
と、重臣方から苦言が呈される始末。
しかし、多分これは大樹公様の八重殿への心遣い。辞退を想定したリップサービスだ。
だからすぐさま本命が出る。
「ならば、茂の文字を遣わす。八の字に替えるならば、
「有難き幸せ」
平伏する八重殿改め茂重殿。こうなれば是非も無かった。
次はわしの番かと身構えると。
「
ここまで言って大樹公様は辺りを見回した。
周囲から、お褒めの言葉すら苦々しく思う視線が注がれている。
「長姫。心して聞け。
御事の家は治部に騙され権現様の敵に与している。有体に申せば賊の総大将じゃ。
故に譜代は
「はい」
「よって今ここで
長姫。御事は
「上様の別式女を望む以上。上様に歯向かう事はございませぬ」
差し障りなく答えて置く。しかしまだお歳ゆえ稚気の残る大樹公様である。
「それは予一代の事か?」
意地悪な質問で返して来た。
「元より。別式女は一代抱えにございます」
そっちがそうなら。暗に、御恩奉公はわしと大樹公様一代に限ると応待する。
「左様か」
と呟いた大樹公様は、
「ならば、巴御前の如くありたいとの願い。嘘偽りはないか?」
「
他に答えようはあるまい。
「ならば、御事に予が『
義仲が
捲し立てる大樹公様に
「有難き幸せ」
と深々と頭を下げた所で。これで終わりかと思っていれば、
「
幼少ながら、
よって剣付鉄砲を
また修行の為、街道往来勝手を許す」
などととんでもない事を言い出した。
騒然となる謁見の場。
「卒爾ながら!」
最も上席に座る男が異議を唱えた。
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