出入り姿三人男

●出入り姿三人男


 出で立ちは、分厚い晒しに鎖を着込んだその上に、鉄の鉢巻・脛当てと守りを固め。

 尻っ端折りにたすき掛け。まごうこと無き喧嘩支度。


 しかし所作の意味は解らぬが、恐らくは渡世人の作法なのだろう。

 こちらから斬り付けた場合打ち払う事は出来るが、向うから斬り掛かるのに一手間掛ると言う事だけは判る。


 だからわしは彼らの礼に応え、わしの礼儀作法で返す。

 無帽なので敬礼はせぬが、代わりに抜刀した刀を垂直に上げ、相手に平を見せるよう刃面を顔の中央に向けて、切羽せっぱを口の高さに持って直立不動。つまり捧げ刀ささげとうの礼を取る。

 これでは無くて、刃を下に向けた刀を右腕と共に斜め下四十五度に延ばす投刀礼でも良かったのだが、今は部下を率いている訳でも無いので遠慮した。



「それがおまんの仁義なのか?」


 親分が問うので、わしは、


言はいわまくも、あやかしこ聖上おかみに対したてまつりても。

 護国の鬼と成りし英霊に対しても。また内外要人に対しても使われる刀礼とうれいにございます」


 つまり、口に出して言うのも、まことにおそれ多い天皇陛下に対しても。国の為に死んだ人々の御霊みたまに対しても、また国内外の偉い人たちに対しても使われる礼法だとわしは告げた。



「信じざぁ。見たこともねえが、見事な立振る舞いだ。

 確かにおまんは奴らと違う。軽蔑してるくせして俺をおだて、言い様に使ってやろうて言う水戸の天狗共とはな」


「やはり跳ね上がり共は、資格も無いのに適当な事を言う三百代言さんびゃくだいげんにございますか」


 わしが溜息を吐くと親分は?


「三百代言? なんだほれは」


 と聞いて来た。ありゃ? この時代には無い言葉なのか? と思いつつ、


「三百文の値打ちしかない代言人のことですが……」


「ふんだから代言人とは何の事だ?」


 代言人とは弁護士の事だと説明しようとして、制度が出来たのは明治時代の始めだと思いだした。


「口下手な者に代わって、言葉を取り持つ者の事にございます」


 そう解説を入れた。


「なるほど。ほんな商売しょうべいがあるのか。

 喧嘩の仲裁ちゅうせー生業なりわいとする遊び人や、客と女を取り持つ幇間てーこもちみてーな商売か」


「まあ。そのようなものにございます」


「ほれは上方の商売ずらか」


「あはは」


 笑ってごまかすと親分は、


「流石、始末上手で商売しょうべい上手の上方だ」

 と大層感心をした。



 そこへ操六そうろくおうが、


「若様の御紋は一文字三星いちもんじにみつぼし

 代々尊皇のこころざしあつき、江家こうけのお方にございます」


 そうわしの事を紹介する。


「一文字にみ……。おい! それって防長ぼうちょう国主の縁者じゃんけ!」


 真ん中の男を護る様に右斜め前に立つ、小太りで眉の濃い男の顔色が変わる。



「客人。お上がんなせー。わしが竹居ん安五郎や。

 取り敢えず話を聞かっか」


 踵を返し、無造作に背を向ける安五郎親分。だが隙は無い。まるで親分を中心に三尺の球が描かれているかのようにわしには見えた。

 貫目と言う意味では安五郎親分が突出しているが、他の二人も只者では無い。


 ふと振り返るとわしの左後ろに居たトシ殿が、左構えの撞木しゅもくに踏んだ腰を落として、鯉口を切った柄に手を掛け物凄い形相で三人を睨みつけていた。


「おめえ良く平気な顔して居られるよな。おらあ、いつおめえが叩っ斬られるか気が気でなかったぞ」


 どうやら。いざと言う時は割って入るべく、備えて居てくれていたと言う事か。



「トシ殿はいいお人にございますね」


「いい人じゃねえ! なんだってこんなガキの為に命張らなきゃなんねえんだよ。全く」


 トシ殿が吐き捨てる。



 はて。わしは何か、トシ殿を怒らせることをしたのであろうか?

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