ここは土州や

●ここは土州や


 公正に言おう。山田殿はつとめて冷静を保とうとした。

 現状を確認した直後。このわしに訊いたのだから。


「ここには野次馬が沢山居るのです。

 当事者の私よりも、縁も所縁も無き瞠見人どうけんにん(目撃者)に問うのが宜しいかと」

「判った」


 山田殿は野次馬に向き直り、

「何が有ったか話せる者はおらんのか?」

 と問うが、皆尻込みして口を濁すばかり。

「なるほど。後難を恐れて何も言えんのか。

 大方、喧嘩を売って襲い掛かったはええが、情けのうも返り討ち言う所か」

 聡い山田殿は、野次馬達から見て自分達が悪者であるのだと察した。


 そうこうする内にされた連中も、立ち上がって来た。

「怪我しちゅー奴はおらんか?」

 山田殿が確認した所。幸い、軽い打ち身や膝の擦り剥き、鼻血程度の軽い怪我。


「われら、家に帰って休め。宴は夕刻からだ。出直いてこい」

 山田殿はそう言って、今荷を運ぶには役に立ちそうにない連中を家に帰した。

 一人手を出して来なかった為無傷だった男だが、山田殿に

「おんしゃあ、付き添え。一人は無事な者がおらんと困るろう」

 と言われ付き添って行った。

 苦々しく。実に苦々しく、わしの事を睨みつけながら。



「だけど困った。大八牽いて行くにもこの有様ではな。才谷屋は忙しくて人は出せんと言うし。

 このわしが牽いて行くとしても、一人では街中を事故無く進める事は難しい」

 チラチラとこちらを見ながら、聞えるように独り言。

 言外に、手伝えと言っている。


「私ならば構いません。ただ、連れは報告に戻しませぬと、皆が心配致しまする」

「それは構わん。一人おったらなんとかなる。誰かさんが傷め付けてくれてな。連れの者が役に立たんき。

 なあに、牽くがはわしがやる。おんしゃあ事故に為らん様、気を配って貰うたらええ。わしも力だけはあるきな」

「そのくらいならばお安い御用にございます」


登茂恵ともえ殿……」

 忠次郎ちゅうじろう殿が不安げに聞いた。

「任せておきなさい」

 わしはそれを手で制す。彼が何を言いたいのかは判る。のこのこ付いて行けば災難に遭うのではないかと心配しているのであろう。

「忠次郎殿。私が参ります。あなたは徳利酒の二つ三つでも受け取って帰りなさい」

 有無を言わさず送り出す。



「もし」

 野次馬を掻き分けて、姉さん被りの女が入り込んで来た。わしの事を気の毒そうに見ると、

「行ってはならん。人目が多い内に早うお逃げなさい」

 と忠告する。


 この女もわしを気遣っているのが良く判る。

 山田殿達は上士故、野次馬達ではどうしようもない。しかし、人は評判を気にする生き物だ。人目はある内は危害を加え無い。

 女はその事を言って居るのだ。


 わしはにっこりと手を振って。

「ご心配には及びませぬ。山田殿は義にあつく道理の分かるお方と見ました」

 そう言うと、女はかぶりを二度振って、

「坊。他所の土地の者やき判らんのやろう。ここは土州としゅうや。他とは違う」

 他で通じる道理が通らない事もあると、釘を刺す。

 しかし、仮に多数に襲われたとしても、わしは切り抜けるすべを用意してある。

 少なくとも十四人までは間違い無いし、少しの間でも稼げればもう十二人までは対処可能だ。


「存じております。しかし、私にも土州の常識は通りませぬ」

 言い切ったわしに女は、

「知らん。もう知らん。どうとでもなるがええ」

 と吐き捨てると。ぷいっと後ろを向いて行ってしまった。



孺子こぞう。ええ度胸をしちゅーな」

 どちらかと言うと、凄むよりも呆れた感じが声に滲む山田殿。

「私にされた方々と山田殿では、きもの大きさが違います。

 お酒を召しておいでの時は判りませぬが、素面しらふで応対辞令を誤る人とも思えませぬ。

 それ故、おおやけの御用ならばと、お譲りした次第にございます」

「誉めても何も出ぬぞ」

 照れた様に頭を掻いて、山田殿は大八車に向かった。



「それじゃ。行こうか。人を巻き込まんよう、教えとーせ」

 晴れた高知の空の下。山田殿に促されてわしは、通行人を巻き込まぬ様、八斗の酒を積んだ大八車を補佐して進んで行った。

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