足蹴の鬼

足蹴あしげの鬼


猪口才ちょこざい孺子こぞう

 広衛ひろえ殿が大人しゅうしちゅーき言うて、ええ気になりなさんなや」

「ほう。その広衛殿が纏めたお話を蒸し返して、彼の顔をお潰しになるのでございますか?」

 にやりと太々ふてぶてしく、わしは彼らに哂って見せた。

 これは挑発である。


 あれだけ露骨な顔をしているのである。彼らがわしらを侮って居る事は紛れもない。

 つい先程までは、代表格であった山田殿が居たから抑えていたようだが、既に奴らは腹の虫が治まらぬ程には逆上のぼせていた。

「子供や思うて堪忍しちょったが、どうやら痛い目を見んと判らんようだな」

「抜きますかな? 刀を。瞠見人どうけんにん(目撃者)に困らぬこの場で」

 わしは舌で連中の刀を封じた。この場で抜かば、大事になってしまうと制約を掛けたのだ。


 しかし今更治まるようなものでは無い。

「餓鬼に刀を抜く程落ちぶれちょらん!」

 無手ならば問題になるまいと、吠えてわしに向って出て来た。


 先頭の胃袋目掛け、両の掌底で為すのは所謂ワンツーパンチ。顔ならばこれでノックアウトだが腹なのでぐっと前屈みに崩れる。そこへ上から浴びせねように右の回し蹴りをお見舞い。ほぼ死に体となったそいつの顔目掛け、三尺程飛び上がりつつ、下から膝を見舞う。

 真っ先に突っ込んで来た一人は、こうして地に伏した。


 意外な反撃に怯んだ二番手に、わしは嵩に掛かって低い蹴りの三発で足を刈る。最初の素早い蹴りで足を止め、続く体重を浴びせた蹴りを脚に見舞う。これは破壊する訳ではない。暫く使えねばそれで良い。

「ひゃっ!」

 恐らく脹脛ふくらはぎには内出血が生じて居る事だろう。低い蹴りは脚を殺して動きを制し、力を揮おうにも踏ん張れぬようにする為だ。


「おのれ!」

 堪らず刀を抜いた所を、

「笑止。既に刀の間合いに非ず!」

 身体を一回転させながら寄せ躱して、掌底の重い鉤突きを顎へ見舞う。

 顎を掠めた一撃は脳を揺らし、ふらふらとした所に止めの飛び膝蹴りをかます。


 掴み掛って来た奴には、潜り込んで肩と腰の発条で突き上げて、一本背負いで地面に投げ捨てる。

 身長の差があるので、さして工夫せずともわしの身体その物が理想的な梃子の支点と機能した。

 後は、蹴って蹴って蹴りまくり。


 こうして掛かって来た奴らを、残らず懲らしめてやった後。地に伏したり転げ回っている連中の腕を、わしは踵で踏んで行く。

 おいおい。何をそんな恐れた眼で見るのか野次馬共。これは自衛と彼らの為だ。

 決して折りはせぬ。暫く得物が持てぬようにしておき無害にせねば、殺して決着するしか無いでは無いか。


「お、鬼や。鬼がおる。足蹴あしげの鬼がおる」

 野次馬達が騒ぎ立てる。

 大袈裟な。これでも死なせたり、再起不能の身体にせぬ様ちゃんと加減はして居るのだぞ。

 精々が、打ち身に数日苦しむ程度のもので、骨の一本も折っては居らぬし歯の一本も欠けて無いのだ。

 内臓を破裂させたりもしておらぬ。



「まだやりますか?」

 わしは無事な者達に訊いた。


「われ。こがなんをして只で済む思うちゅーのか?」

 出た。小悪人っぽい台詞せりふが。

「それが? それがどうしたと言うのでございますか?

 掛かって来るほどの意気地も、場を収めようとする分別もございませぬお方が言うと、負け犬の遠吠えか、嗚咽おえつにしか聞えませぬが」

 一歩も退かぬ。わしとすれば、寧ろ事を荒立てたいクチだ。


 そこへ、

「どうした?」

 番頭と話を着けて来た山田殿が戻って来た。


「山田様。こん餓鬼が」

 訴える山田殿の連れ。残りの者は地べたに伏して気を失って居たり、腹を抱えて唸っている。

 あちこちに吐瀉物としゃぶつがばら撒かれ、異臭を放っていた為。それで山田殿は何が有ったのかを察した。


 パーン! 頬を張る音が、高知城下の空に響く。


「ええも悪いも無い。おまんら、その餓鬼相手にこのざまか? そうなんやな」

 ドスの利いた声で、山田殿は連れを叱る。


「われに訊こう。何が有った?」

 自制する彼の眼には、静かな怒りの炎が見えた。

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