良くある男

●良くある男


 大八車は道を行く。八斗の酒を上に載せ。

 途中、人気の少ない場所に着た辺りで、わしはいつもの手袋を嵌めた。先程は掌底と蹴りのみを用いたが、すわ戦いとなった場合、拳や剣を十全に使う為である。


「もう直ぐじゃ。一寸ちょこっと行けば着く。

 それにしても孺子こぞう。おんしゃあ、わしが怖うないのか?」

 全く怖じていないわしの様子を見て山田殿が口を開いた。

「寸毫でも分別のあるお人ならば、あの直後に誘いだして私を討った場合の損得がお分かりになる筈にございます」

「げに、そうじゃな」

 本当にそうだなと彼は言った。

「そがなんをしたら、終生卑怯者と呼ばれるろう」

 彼の言う卑怯者とは言葉本来の意味、平成で言う臆病者の謂いである。

 数人掛かりで喧嘩を売ってされた相手。それを騙し討ちにした臆病者と言う話が広まれば、武士としては致命的である。


 わしは改めて山田殿に向き直り問うた。

「所で。東洋殿のご用事と伺いましたが、何かございましたか」

 東洋殿を殿付けて呼んだ瞬間、山田殿の頬がぴくんと動く。恐らく彼は弟子筋の男であろう。

「ご政庁からのご指名やき、一応は公のことけんど。ご府中ふちゅうと長崎に遊学する者達を送り出す宴にや」

 主命で留学する者達を送り出す宴だと説明が入る。


「宴には、東洋殿はご在席にございますか?」

「彼らは弟子筋故、後から来ることになって居る」

「では退助たいすけ殿は」

「おさんはいぬい様をご存知なのか?」

 その名にぎょっとしたのか山田殿は、子供に言うにはちょっとガラの悪い「おんしゃあ」から、「おまさん」に言葉が改まる。

「知らぬ仲ではございませぬ。訳有って懸想けそうの如き物言いをされた事もございまする」

 嘘は言って居らぬ。責任取って婿入りも辞せずと口にしたのだから。


 しかしこの懸想。山田殿は別の意味に合点した。

「これはこれは。

 なるほど。そのお歳でこれほど腕が立つのやったら、乾様も捨て置かんことやろう。

 よう見たら、まっこと眉秀でたる美々しき顔じゃのぉ」

 直前まであった山田殿の険が、幾分は取れた。


「言葉は土地の者では無いがは判る。どこのご家中やか?」

 どこの家中の者かと聞かれるが、わしは、

「東洋殿や退助殿がお出でになるなら、今に判ります」

 と、はぐらかした。



「酒や酒や!」

「ほう。伏見の富翁とみおうに剣菱か。よう手に入ったね」

 酒樽の荷札を見て歓喜の声が湧く。

 その中で、

「山田様。他の者は」

 と聞く者が有った。

「おう。酒が出払うちょったき、他所の祝い酒を譲って貰うたんやけんど。

 その時、数を頼りにほげちょったのやろう。わしが一寸ちっくと目を離いた隙に、卑怯(臆病)にも皆でたった一人に襲い掛かってな。返り討ちでされてしもうたんや」

 数を頼りに調子に乗って喧嘩を売って返り討ちに遭った。そう、山田殿は殊更お道化た調子で説明すると、

「返り討ち? 斬られたのか?」

 いきり立つ慌て者が居たが、

「べこのかぁ。刃傷沙汰で山田様がほげるかよ」

 すぐさま、斬られて居たらお道化る筈がないと呆れ声が入る。


 喧噪の中。旨酒を前に盛り上がる若者達で有ったが。その内、わしに気付いて、

「山田様。この餓鬼は?」

 と聞く者が有った。


「大八車は事故が多い。牽くだけならわしらだけでも良かったのだが、念の為に手伝って貰った」

 そう山田殿が説明すると、

「坊。大儀じゃ」

 と言いながら頭を撫でる者数人。


「おい。あまり子供扱いせんほうがええ。こいたぁ、こう見えて中々の使い手ぞ」

 こいつはこう見えてもと釘を刺すが、皆ケラケラと笑うばかり。


「あのなぁ。素手同士であったら、われ達では三人掛かりでも敵わんやろう」

 と説明を加えるが、

「ははは。山田様、てんごなことはそのくらいで」

 冗談はそのくらいでと、全く本気にしない。


 正直言うと、わしは敵討ちだと皆で襲い掛かって来ることも想定していた。

 しかし、わしが数えの十一で尋常科四年に当たる歳のせいか、彼らには山田殿の言う事が冗談にしか思えなかったと見える。



「わしは本気で言っちゅーよ。ほげたべこのかあを伸したのは、おまんが頭を撫でちゅー子供やき」

 遂に諦めた山田殿がはっきりと言った。

 しかし、

「この餓鬼がぁ?」

 それでも信じない連中に、

「われ等。そがぁにわやに言うやったら去ね」

 お前達。そんなに馬鹿にするなら帰れ。と山田殿は怒鳴った。


 そんな所へ。

広衛ひろえ殿。酒を持ってこれたか」

 宴の会場から迎えに出た来たのは、退助たいすけ殿であった。

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こちらもよろしくお願いいたします。


天廻の媛

姫様の腹心にされた奴隷のボク天廻の媛八人と廃棄皇子の話

https://kakuyomu.jp/works/16816927859364331670


 気が付くと僕は小さな子供になって居た。この世界の奴隷であるモノビトだった僕は、同い年らしい気が強くておませな女の子に買い取られた。その子は弓の貴族と呼ばれる地方貴族の娘で、僕は将来の腹心としての教育を受けることとなった。どう見てもこの世界に遣って来た現代人が、色々遣らかしたとしか思えない異世界クオン。

 八種やくさの力の祝福を受け、天を廻すと言われる八人のひめ。天降ったと言われるシャッコウの秘密。僕が何者であるかを探すことが、世界の運命を変える事になるとは、その時少しも僕は思わなかった。

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