拙き流れ
●拙き流れ
「と、まあ。勤皇の賊は、
報告する春風殿の顔は、努めて冷静を保とうとしているのが嫌と言うほど解るのだが。すでに限界水域に達しているのか、雷神の如く目を血走らせている。
春風殿の顔が真っ赤なのは、何も西日が射し込んで来たばかりではないだろう。
あの賢い春風殿が、何度も同じ話を繰り返しているかに見えるのは、明らかに冷静さを欠いている証拠だ
辺りを見渡すと、
「武士たる者。
しかしながら、所詮はか弱き者を襲う不逞の輩。大義を口にして押し込みとはなっちょらん。と、僕も
「似て非なるものなのですね」
合の手を入れると春風殿は、
「はい。なんとか薩摩の者には薩摩守殿の黒印状を渡す事が出来、町家に害をなさぬよう伝えたのでありますが……。されどどこまで話が通じたことやら。
そこで得た話でありますが。今では京ばかりではなくご府中も、似たような賊が出ている模様であります」
と悲痛な声を絞り出した。
ご府中から入って来た情報は、かなり拙い。
なまじ上辺に類似点があるから、
「先生は、死ぬお積りでありますが、なんとしてでも賊の一味の濡れ衣だけは防がなくてはならないのであります」
「春風殿」
わしは言葉を遮り話し掛ける。他人の事は言えた話ではないのであるが、自分の一番を優先し過ぎだ。
「一応、あなた様は剣術修行を始めとするご府中遊学の最中であり、私を兄上様、
お戻りに為られたと言う事は、京で成すべき事の区切りが着いたものと覚えまするが……」
師匠大事で頭から飛んでいるかもしれないので、ここで釘を刺して置く。
「そうでありましたな」
「加えて、影ながら師匠を護ると言う目論みもありませんでしたか?」
「いやはや、一言も無いであります」
「ならば春風殿。ここは夜旅を掛けても、急ぎ師匠に追い付くが肝要と存じまするが」
と話を打ち切る。すると外を見張ったまま、
「姫様はそれで宜しいので?」
春輔殿がわしに確認を取った。
「もしも夜旅を掛けるなら。春風殿、春輔殿、背を貸し私の馬に成りなさい」
わしの家来は宣振一人。他は藩侯たる父上のご家来。だからいざと言う時わしの自儘に為る宣振は、武勇も体力も余裕を持たせておく必要があるからだ。
狂助殿を外したのは他でもない。馬役から宣振一人を外す訳に行かぬ為と、槍の利と不利を勘案しての話に過ぎぬ。
「いずれにしても、明後日以降に成りますね。
今からお春に使いを出す訳にも参りませぬから」
これからの事を考えたわしの咽喉は、もうカラカラになっていた。
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