第五章 錦飾りて
統率者
●統率者
七条新地の遊郭。目星を付けた楼の幾つかに、親分は市松模様のように子分達の座敷を配置していた。
捕り物に加わった百人の子分を、女を抱きたい者と御馳走を食いたい者に子分を分けた。
そして苦労人の子分を二十人選び取り、呼びつけて今夜限りの小頭に据える。
「ほな、あんたらが今夜の小頭や。
ええな? わしん目ん玉は二つしかあらへんさかい、百人も居れば目の届かへん者も出て来る。
けんどうちの者酔うて暴れて
面倒掛ける分、たんと小遣い弾むさかい。四人づつ、羽目ぇ外さへんよう面倒頼むなぁ」
一人三両の小遣いを貰った小頭一人一人に、親分は何やら耳打ちする。そして最後に、
「どこで誰聞いとるかもしれへんさかい一人ずつやったが、皆おんなじ事を話しとる。
内緒やで……。何事もなければそれで良し。いざ言う時は頼りにしてるで。
ややこしい事やけど、わしは出来る奴にしか頼まへん。あんたなら上手く遣れる筈や」
と全員に告げて、一人一人の手を取って頼み込んだ。
そしてわしにも、
「座敷を一つ仕切って貰えへんやろうか?
わしん杯をくれたった子分じゃあらへんが、銭が無うていっつも腹を空かせてる見習いや使いっ走りの若い
と言い、
「網に勤皇の賊掛かるかもしれへん。いざ捕り物の時には差配頼むで」
と耳打ちされた。
恐らくは小頭達も同じように言われているのだろう。
わしに振られた若い者は、上は数えで十五、六。下は数えの七つの者も居た。
平成の御代で言えば学童期。小中学校の子供に当たる年頃だ。
「座敷は私が仕切らせて貰うことに為りました」
身形や所作が侍の子とは言え殆どが年上の連中。
仕切ることに為ったこのわしを、舐めた目で見る者が居る。
反対に、幼いわしを補佐して遣ろうと言う物腰の者も居る。
ああ、これは前世でも見た。
そうだ。戦地の再編でわしが急遽少尉に任ぜられた時に付けられた古参兵達の目とよく似ている。
わし自身も兵隊上がりの下士官出身で現役兵よりは年上であったのだが、第一国民兵役の兵から見ると子供の様な者だったのかも知れない。
特に中学卒業で一等兵を命ぜられた三十八の者などは。民間で役付きだったこともあって、わしよりも現地雇いの労働者を指揮する手際に優れており、
「今ここではっきりさせておきます。お座敷では、酒とたばこを禁じます」
きっぱりと、全員に向かって宣言した。
指示を出したり命令する時には、関係する全員に伝達するのが統率の基本である。
各員ごとに内容が違っては混乱の元。
「待ってみぃ。なんで酒があかんのやで。わし達の世界じゃ、見習いになれば酒を勧められるんやで。
七つやそこらのガキに酒はどうか思うが、わしやら三年もしたら嫁取りするようなのまでおんなじのかいな」
今まではそうだからと、アドバルーンを上げて来る年嵩の者。
認めてはならない。ここで認めたら、積水を切り崩す蟻の一穴となる。
「他はどうだか知りませんが、私は一人前で無い者に酒と煙草を許しません。
これで文句のある者は置いて参ります」
最初が肝心と、わしは断固とした態度を崩さない。
統率者に統率の意思が存在し無かったら。纏まるものも纏まらない。
統率する意思を欠いたら、
わしを舐めた坊主を目で制し、
「腕づくでと言うのでしたら、お相手致しましょう。但し!」
口元に笑みを浮かべたわしは、腰の躾刀に手を遣って、
「口の中が
吐気を催した胃の
と、笑わぬ目で宣告した。
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