夜半の襲撃1

●夜半の襲撃1


 船宿並ぶ伏見の街。屋形屋形の灯は消えて、蛍も眠る皐月闇さつきやみ

 屏風の向うの宣振まさのぶや、春風はるかぜ殿は知らぬだろうが、躾刀しつけがたななれど、刃を抱いてかしわ布団は我が倣い。



 カタッ。起きていても聞き逃すかも知れない小さな音に目が覚めた。

 シュッシュッシュッ。木を擦る音? いやこれは、鋸で板を挽く音だ。

 まだ時間はあるな。そう計ったわしは暗がりの中で身支度する。

 前世の話だが。戦時中は空襲に備え灯火管制の暗闇の中素早く非難できるよう、尋常科の一年でも着替えを順に枕元に置いて寝たものだ。

 まして帝国軍人だったわしが暗闇で身支度出来ぬ訳がない。前世のわしの子供時代は、和服が基本であったからな。



「姫様」


 宣振が、吐く息だけでわしを呼んだ。


「気付いたか」


 わしも同じく、俳優が舞台裏で話す様に、吐く息だけで返事を返す。


「返り討ちであります」


 槍を扱くのは狂介きょうすけ殿。


「急くな」


 陰に籠ってカチャリと響くは、布団の中で鯉口を切る春風殿か。春風殿は同じく息を吐く声で、


春輔しゅんすけ


 と命じた。



 敵は夜討ちを仕掛けて来た。最悪、付け火を伴う襲撃を想定した甲案も用意していたが、そこまでしてやった後の面倒を考えると敵の準備に時間が足りない。

 壊器を使って戸を穿ち、用心棒を外して押し入るのが関の山。わしらはそんな想定の対策・乙案にそって位置取りをする。



「ふわぁ~。夕べは飲み過ぎたなぁ。……おお寒い」


 春輔殿は声の大きな独り言を口にする。

 すると途端に、虫の音が止むように、しゅっしゅっと響く音が途絶えた。


かわやはどこだったかのう」


 相撲取りの様な恰幅の良い身体を揺らして、襖を開けて階段を降りて行く。



 春風殿は別の部屋から雨樋を伝って下に降りて、狂介殿は龕灯ガンドウと手槍を手に階段に陣取った。

 火縄筒から蝋燭に灯すまでとお数える間もない手際の良さだ。

 わしは確りと下緒さげおで躾刀に懐剣を括り付け、長巻か菊池槍の態を作り、銃剣のように構える。

 その傍らに居り敷いて護るのは、直臣である宣振の役目だ。



 やがて、戸口の用心棒を外す音が聞こえ。静かに戸が開けられ、足音を忍ばせた者達の鯉口を切る音が聞えた。

 ドン! 床を鳴らして、


「待ちかねたで。愚か者。わしの槍の錆にしちゃろう」


 歌舞伎役者のように大見得を切るのは狂介殿。あの不愛想な男が、もうノリノリで遣って居る。


「これでは長坂橋の張飛様でございますね」


 音だけで判る働きぶり。

 刀ならば下から攻める利もあるが、狭い階段を長柄の利と高さの利で抑えられては上がって来れる訳がない。


 それを合図に、


「火事だぁ~!」


 外から呼ばわるのは春輔殿。


「火事だぞ~!」


 この声は春風殿。



 ドン! 二階の障子窓を蹴破って乱入して来たのが二人。星空に透かして影が見える。


「こなくそーっ!」


 吼える宣振。一瞬わしは目を瞑ると。


「うわっ!」


 静寂に大きな声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る