不易流行

不易流行ふえきりゅうこう


寅之進とらのしん! くるくるふいごを回すのじゃ。もっと風を送らんと融けないのじゃ。喜久馬きくまぁ! 炭はもっと細かく切らねば駄目じゃ」

「はい! 少尉殿」

 弾をる為の携帯炉の前で、二人の三等卒を叱咤するふゆ殿。


 予備隊士を交えて施条銃の弾作り。一発一発手作りと生産性は高くないが、鉛をかして弾を、火鋏ひばさみのような鋳型に流し込んでミニエー弾を製造する。

 閉じて鉛を流し込み、冷えて固まったら開いて取り出す形式だ。


「余計なバリを取り。出来た弾は大小二つの輪を潜らせます。大の輪につっかえる物と小の穴を通る物は不良品でやり直し。合格品のお尻に、抜型で整えたアベノマキの木栓コルクを押し込みます」

 初めて行う予備隊士達は乙女おとめ殿を除き、皆おっかなびっくりでやっているが、こんな素人でも製造工具のおかげで弾を作れるようになったのはありがたい。


 早合作りも簡単である。

 三つの部位の下の部位にピンセットで定形サイズに切り分けられた油紙を敷き、中部位を嵌め込む。各部位にはネジが刻んであるから回して締めるだけである。そして上から漏斗じょうごで零さぬように、計量柄杓で盛り切り一杯の火薬を入れ、尻を下にしてミニエー弾を詰める。その上から油紙を取り付けた上部位を取り付けて出来上がり。

 早合下部は、銃口にすっぽりと嵌まる作りになっているから、差し込んで上から槊杖カルカで突けば手早く装填が出来る仕組みだ。


「まっこと工業規格様々ぜよ」

 乙女殿が、従来と比べて作業が簡便化されていることにほくそ笑んだ。

「種子島なら、一つ一つ鉄砲に合わして弾を調整せんといけん。

 早合もそうや。緩すぎたり入らざったりするき、使う鉄砲に合わせんと使い物にはならざったのやよ」

 共食い整備が出来るほど厳しく規格統一されているから、銃ごとの調整が必要ない。慣れれば暗闇で銃剣を付けたままの装填も容易いし、小走りに駆けながらでも装填可能だ。


「工業技術の発展は日進月歩にございます。来年には、連発銃の弾も簡便化されているやもしれませぬ」

「そうじゃのぉ」

 現在は職人が専用工具を使ってこしらえているからなぁ。



「おんまのこれは何ですか?」

「あ。蹄鉄と言ってね。蹄に取り付ける鉄の草鞋だよ。これを着けておくと、蹄を傷めず何百里も走れるんだ」

 質問する予備隊士の相手をするのは奈津なつ殿だ。


 と、あちらは……。

「引き抜くと中の導火線に点火するさかい、三つ数えてから投げるんどす」

 お春が手榴弾の説明をしている。しかし、

「いーちー、にぃーい、さーん」

「いち、にっ、さん」

 皆、数える速さが違うので大弱りだ。


ひい様」

 縋るような眼で見つめるお春に、わしは手助けしてやることにした。

 末の息子や孫が見ていたマンガで、似たような話が有ったのを思い出したのだ。


「「「おっとちゃんのたっめなら えーんやこぉーらぁー」」」

「「「おっかちゃんのたっめなら えーんやこぉーらぁー」」」

「「「もっひとっつおっまけっに えーんやこぉーらぁー」」」

 品は宜しくないが。これでタイミングはOKだ。


 ただ、わしは思い起こすべきだったかもしれん。戦時中に旧軍が使って居た言葉が、後の時代まで残っていたと言う事を。

 軍国主義を払拭するために色々と用語を弄ったものの、例えば戦車兵が無線で使った「オクレ」などは平成の自衛隊でも、変わらずそのまま使われていたと言う事を。

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