退かば良し

●退かば良し


 パーン! わしの拳銃が火を噴いた。

 鞍馬山の天狗殿から渡された、自動拳銃は六連発。但し予め弾倉に1発込めてあるから、残りはまだ六発も有る。

 弾は狙い通りの軌跡を辿った。

 狙いは勿論、土下座をしている忠次郎ちゅうじろう殿に手を掛けようとした時に通過する、胴体の未来位置。


「僅かに有った慎重さが幸い致しましたね。本気で忠次郎殿を殺してやろうと斬り掛かって居れば、弾は間違い無くおんみはらわたをぐちゃぐちゃにして居た事でしょう」

 覗き魔に一瞬の逡巡が有った事が幸いした。

「お悦び為さいませ。鉄砲の弾が身体の近くを掠める音を聞くと言う、太平の世では滅多に無い貴重な体験を積むことが叶ったのございます」

 銃声に凝り固まった彼は、パーン! 再び同じ銃声を聞く。

 ほぼ同時、キンと言う音と共に刀が下に転げ落ちた。砕けはしなかったものの、その衝撃は呆然とする彼の手から刀を奪い取るのには充分であったようだ。


「意外と胆はございまするな。結構なことにございます。

 されど。ここで退かば引けば好し、退かねば今度こそ卿を狙って撃ちまする」

 腹に力を込めてわしはう。そして後ろ手にハンドサインを送りつつ号令。

御親兵ごしんぺい! 構えぇ~!」

 歩み出た三つの銃先つつさきが対岸の堤に向けられる。言わずとも狙いは破廉恥はれんち組の面々だ。

 拳銃でも狙える距離である。小銃ならば必中の距離。しかも水路を隔てて居るのだから、彼方の攻撃は無い据物すえもの斬りの状態だ。


「ひ、卑怯者!」

 漸く唇から漏れた言葉がそれであった。


「どちらが?

 今鯉口を斬りましたな。仮にも歴とした武士が、土下座して詫びる相手に刀を抜くとは前代未聞。

 ああ。さては忠次郎ちゅうじろう殿を、虎か熊かと見間違えましたか? 左様さようであるならば、今度良き眼鏡を作ってしんぜましょう」

 丁寧だが、明らかに小馬鹿にした物言いで破廉恥はれんち組を煽る。


「われが何の権あって、わしらに喧嘩を売るのやか」

 お前は何で俺達に喧嘩を売るのかと聞く痴漢。


「はぁ? これはまた可笑しなことを。喧嘩を売って来たのは、そちらにございましょう。

 鯉口を切るからには、誓いを立てるにせよ殺し合うにせよ相応の覚悟が必要でございます。

 しかもどう見ても金打きんちょうせんが為には見えませぬ。

 はてさてどうやら。おんみには殺す覚悟はあっても殺される覚悟はからっきしのご様子で。

 いささ士道不覚悟しどうふかくごにございませぬか?」

「うーーん」

 唸り歯軋りする音が、五間ごけん(凡そ十メートル)の距離を隔てたこちらにも伝わって来る。


 直ぐ顔に出る判り易い奴。反論して来ない為、わしはなおも煽り立てる。

「こんな奴らが次代のお小姓組とは、土州侯としゅうこう様もおいたわしや。

 さりとて出家させるのも大仕事。仮令たとえ見てくれはお坊様に出来ても、翌日にはかんざしを購う様が目に浮かびまする。

 きっと噂になりましょう。しかしながら、幾ら銭を積もうとも果たして覗きを致すようなさもしい男を、真面に相手にしてくれる女がいらっしゃりますでしょうか?」

「われは何が言いたい」

「さあ?」

 漸くの事で返して来た女日照りに、敢えて邪悪な笑みをぶつけながらわしは続ける。

「されど案ずるより産むが易し鴨かも知れませぬ。

 三千世界は広うございます。やましい下心が見透かされていても。一人くらいは物好きが、卿を憐れんでご降臨なされ給うこともございましょう。

 考えて見れば、弥陀みだ本願ほんがんを凡夫が誓うよりも、遥かに難しき事にございますが、たで食う虫も好き好きとも言い、捨てる神あらば拾う神ありと申します。

 どうか折れずに、心を強くお持ちになって下さいませ」


 憎さの余り、彼ら注意は今このわしに注がれている。目で人が殺せるのなら、わしを貫き通さんばかりの鋭い視線だ。



 睨み合う事小一時間。頃は良し。と機を計ったわしは、

 ピピルピピィー! ピピルピピィー! ピピルピピィーーーー!

 呼子笛よびこぶえを咥え、思いっきり号笛を吹き鳴らした。

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