第一章 お手付きの子

わしの身分

●わしの身分


 病の後の療養に紙袋に入った砂糖。それを今舐めさせられている。

 立派な紙袋だ。高価な薬を包む為の紙袋なのだろう。そんな袋に入っている白い砂糖は相当の貴重とみえる。


 前世なのか夢なのか、今更見当も付かないが。一先ず前世と言う事にして置こう。あちらの世界のわしの生まれた時分には、砂糖は菓子に使う物だった。と言っても貧農のおんじであったわしの口に、入る甘いものと言えばからイモくらい。とは言え、唐イモは菓子と言うよりは飯であったが。


 それが惜しげもなく与えられる、今世のわしの身分。

 脈を取る坊主頭の医者の服が、綸子りんずと言う段階で気づいてはいたが。

 姫様と呼ばれるからには、父は殿様と呼ばれているに違いない。


 少し思い出した。


「当節はさもしいのう。昭和の中頃まではな。役職手当と言うもんは、部下に飲み食いさせる為の物だった」


「じっちゃん。バブルの後はずっとこうだよ」


 ちょくちょく見舞いに来てくれたものだ。


 ひ孫の一人で漫画ばかり読んでいる男が、異世界転生と言う分野の読み物に嵌っていた。

 気持ちは解る。大学を出ても仕事は無く、あろうことか上司が誘う酒で部下から参加料を取り立てるような、さもしい料簡の会社ばかりの世の中だったからな。


 そんな時代に書かれた物語。わしのように、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した物語と言えば、物語の華の一つが内政。進んだ日本の知識を伝える話だ。

 遅れた技術や因習、果ては神仏の教えなど様々な障害を乗り越えて、世の中を良くして行く。聞いているだけで痛快な物語だった。


 砂糖と言えば。

 前世の郷里の殿様は、薩摩に馬鹿殿無しの言葉通り代々立派な人であった。

 しかし、南の島々で砂糖を作ったは良いが、ただそのまま売り出したことは頂けぬ。農は国のもといとは言え、そのまま売り出せば利は薄い。

 例えば讃岐の殿様のように、黒砂糖を仕入れて和三盆を作り、より価値の高い物にして売った方が国は富む。

 本土は本邦にも満たぬ英国も、価値の低い物を買い入れて価値の高い商品を作って国を富まし、日の沈まぬ帝国を創り上げた。


 わしの身分が姫ならば、そうしたことも出来るかも知れぬな。


 そんな益体も無い事を考えていると。



「殿。斯様な所まで」


「サチは無事か? はしかと聞いて急ぎ参った」


 今世の父親がわしを見舞いにやって来た。



 宗十郎頭巾。つまり鞍馬天狗がしている頭巾を被った中年の男。

 あまり威厳が感じられぬ少しおっとりした感じの佇まい。何処かで見たような気がする男。

 それがわしの第一印象だ。


「サチ。大事はないか?

 しず腹とは言えわしの子だ。まして家督に関わりない女子おなごだからな。

 手元に置いて育てたいものだが。許せ。家中に反対があって通らぬ」


 言いながら、床に伏すわしの額に手を当て、


「熱は下がったようだな。本復する迄、暖かくせよ。よいな」


 そう告げるや否や、踵を返す。


「もう、帰られるのですか?」


「許せ」


 足早に父は去って行った。

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