講場試衛

講場こうじょう試衛しえい


 ご府中ふちゅう市谷柳街は、作事奉行配下の大棟梁だいとうりょう甲良こうら様の所領。

 町人達に貸し出され商店街として賑わうその一角。現在山田屋やまだや権兵衛ごんべいのの所有する蔵の裏手に、島崎勇しまざき・いさみ殿が師範をしている道場が有る。

 その構場こうじょう(道場)は試衛しえいと号され、神道無念流の練兵館れんぺいかんとも盛んに交流試合が行われる程、門弟の腕前には定評があった。



「どうでぇ。中々のもんだろ。

 うちの流儀は良く言やぁ実戦的、悪く言や勝ちゃあそれでいい泥くせぇもんだ。

 殆ど相打ちで敵をたおす術が多い。ま、品はねえのはたしかだな。

 見てくれの良さを気にする奴には、田舎剣術と馬鹿にされっがよ。

 そんなお上品な剣術は、いざ斬り合いとなっちまったらうちの敵じゃねえ。

 登茂恵ともえっちもそう思うだろ」

 トシ殿はそう言うが。

「練兵館も一廉の剣士がおられるようですよ」

 そう言って、交流試合に出張って来て居る連中に顔を向けた。


さち姫様。そいつには近づかぬ方が宜しであります」

 目が合ったのは春風はるかぜ殿。

「女癖が悪いのか? はたまた女運が悪いのか? 何度もそ奴のせいで女共が不幸になって居るのであります。

 百両の金が有れば旗本株が買えると騙されて、トシ様ご出世の銭を用意する為に自ら勝手に苦界くがいに沈んだ女が居たかと思えば。そ奴に文を渡した為に、鏡の裏を削った一服を盛られた女も居たとやら。

 そ奴は真にもって罪作りな男であります」

「真ですか?」

 わしが子供っぽく聞くとトシ殿は、酢を三升ほど飲まされたような顔をして、

おら知らねえ。あんだよ。いってえ、どこまで話が盛られてんだ」

 と口を尖らせる。

「だいたいなぁ。そんな心配はおらの顔しか見ねえ、初心うぶでか弱い女にするもんだ」

「ほう。僕の主家の姫をくたすでありますか」

 やけに噛み付いて来る春風殿。

「おいおい」

 トシ殿も少し険悪。

登茂恵ともえっちはどう見ても顔でなびくような女でもねえし、こいつがか弱い女って言うんなら、練兵館に男と呼べる奴は片手で数えられちまうわ。うちでも両手がありゃ済んじまう」

 これは、トシ殿的にはわしを褒めているのだろうな? 恐らくは。

 しかしはっきりと、練兵館より自分達は倍も優れていると言い切って挑発している。

 しかしこれは……。


「仲の宜しい事で」

 とわしが一言口にしただけで、

「「誰が!」」

 二人は声を揃えた。



 盛んに試合が出来るのは、統一ルールが存在するからである。

 そして交流試合をしていると言う事は、彼我の実力が釣り合って初めて可能に成る事である。

 一方的に稽古を付ける関係は、胸を貸すあるいは借りると言って交流試合とは口にしない。


 要は、トシ殿も春風殿もこれが初対面などでは無く、以前から何度も統一ルールの下で竹刀を交えている間柄だと言う事だ。



 三組目の五人同士の勝ち抜き戦、その初戦。

「テェイアー!」

 胴への一突きに浮き上がった試衛先鋒の咽喉に、すっと入る一突き。

「突きあり一本!」

 最初の強烈な一突きその物は体勢を崩す行いとなり、死に体となった咽喉に吸い込まれた突きが一本に数えられた。


幸姫さちひめ様!」

 試合後の一礼の後わしの方を向いた男の声は、

「狂介殿」

 ご府中への道中わしの警護を務めてくれた、不器用で生真面目な男であった。


 狂介殿は続く次鋒・中堅と三人抜きの活躍をしたが、ここまで一方的に押し込まれているのに、大将たるトシ殿は涼しい顔。


総坊そうぼう。突きの戦いなら、おめえの舞台だ」

 トシ殿は副将を送り出す。

「やったれ。役者のちげーってもんを見せ付けて来い。いや、天に愛されしおめえの才をせ付けてやれ」


 若い剣士に面を付けて遣るトシ殿。

 トシ殿の言う『みせつけ』の漢字が前後で異なる事は、そしてどんな文字を当てているのかは、誰の目にも明らかであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る