第一章 土佐の鯨

潮吹く魚

●潮吹く魚


 国生みの初め。那岐那美なぎなみ二柱ふたはしらの神が国生みのえなとしたのが淡路島。

 そこから鳴門の潮路を超えて、室戸岬の難所の手前で潮と風待ちに土州としゅう室津むろつの湊に入る。

 湊は人口五百余人。かなり栄えた港である。


「姫さん。獲れたばっかりの鰹じゃ。今、タタキにするき待ちよってくれ」

 漁師から買い付けた鰹に藁の火を当てる宣振まさのぶ

 風待ちでいつ出港出来るか判らないから、いつでも船に戻れる場所から離れられない。

 紀貫之きのつらゆきの土佐日記では、越えるのに十日も掛かっている海の難所・室戸むろと岬だが、風と潮が適うならば一気に過ぎ越して行けるのだ。


 鰹を炙るとその熱で、皮近くにいる寄生虫の類が全滅する。同時に脂を蕩かせ燻しの香りで旨味を増してくれる。

 醤油とだいだいの汁を合わせたポン酢を付けると、これはもう中々の絶品。

「美味しいものですね」

「えへんえへん。これが土州の美味い物ぞ。酒が無いがが、一寸ちっくとばっかり残念ばっさりやなぁ」

 わざとらしく咳払いして、自慢げに酒が無いのがちょっと残念と宣振は言う。

「全く飲めぬとは申しませぬが、土州では飲めぬと申すが身の為でしょう」

 土州は酒豪の多い土地だ。ご府中では大関の番付を貰う酒呑みでも、ここでは下戸の内に入ると聞く。


 そんな会話をしていると。

「おまんら、地酒じゃが酒は要らんか。今、わしの家から持って来るき」

 下は褌姿の浜の漁師に声を掛けられた。

「そうかい。一寸ちっくとばっかり頼むぜよ」



 酒は茶色のどろっとした濁酒どぶろくで、ぷーんと熟柿じゅくしの匂いがする。

「これは強そうな酒じゃ。姫さんは姫さんは呑まん方がええ。一口でおっ倒れること請け合いじゃ」

 様子を聞き付けて集まって来る浜の者。遠くからの客人に酒に肴とくれば、これはもうなるべくしてなった宴会の始まりだ。


 手拍子を伴奏に流れる歌はよさこい節。但し、わしが知る物とは歌詞が違う。

――――

♪潮を 吹いたぞ 大けな 鯨が

 獲らえりゃ 半年ゃ 寝て暮らす

 ヨサコイ ヨサコイ♪


♪こじゃんと 大漁で また浮かれ ちゅーけど

 わしらの 財布にゃ おぜぜ無し

 ヨサコイ ヨサコイ♪


♪おうの(あ~あ) 網元あみもと 胸糞ぞうくそ 悪い

 またまた 屋敷にゃ 蔵が立つ

 ヨサコイ ヨサコイ♪


達磨ダルマ 大師だいしは 底まで 睨むが

 わしん目は おまんの 〇〇睨む

 ヨサコイ ヨサコイ♪


♪街の 女郎衆に おぜぜを 貢いで

 またまた 化けべそ 角を出す

 ヨサコイ ヨサコイ♪


♪色で しくじり 博奕ばくちにゃ 負ける

 親父おやじの 勘当 待つばかり

 ヨサコイ ヨサコイ♪

――――

 卑猥な内容もある為、一部伏せ字にしたが、これらはかなりマシな部類で、余りのいかがわしい内容に書き留めなかった歌詞も多かった。

 因みに「化けべそ」と言うのは、自分の細君を卑下して言う言葉で「化け物がベソを掻いたような不美人」の意。妻が夫君を卑下して言う「宿六」、つまり「宿の碌で無し」と対になる言葉である。


 人に因って歌詞が違うので、恐らく節に載せて即興で歌って居るのであろう。



 カンカンカンカン! 半鐘が鳴った。

 火事かとわしが身構えると、

「来たぞぉ!」

 物見の櫓から声が響く。

「鯨じゃ!」

 さっと飛び出す漁師達。

 背筋はしゃんとして、今の今まで飲んだくれていた姿はどこにもない。


「ほう」

 わしが感嘆の声を上げると。

「見ちょけ。あれが土州の男やき」

 自慢げに宣振は言った。

――――――――――――――

第四部は土佐から始まりました。次の更新は暫く空きます。

ブックマークをして頂けると幸いです。


拙作の「天廻の媛」もよろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16816927859364331670

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