第一章 土佐の鯨
潮吹く魚
●潮吹く魚
国生みの初め。
そこから鳴門の潮路を超えて、室戸岬の難所の手前で潮と風待ちに
湊は人口五百余人。かなり栄えた港である。
「姫さん。獲れたばっかりの鰹じゃ。今、タタキにするき待ちよってくれ」
漁師から買い付けた鰹に藁の火を当てる
風待ちでいつ出港出来るか判らないから、いつでも船に戻れる場所から離れられない。
鰹を炙るとその熱で、皮近くにいる寄生虫の類が全滅する。同時に脂を蕩かせ燻しの香りで旨味を増してくれる。
醤油と
「美味しいものですね」
「えへんえへん。これが土州の美味い物ぞ。酒が無いがが、
わざとらしく咳払いして、自慢げに酒が無いのがちょっと残念と宣振は言う。
「全く飲めぬとは申しませぬが、土州では飲めぬと申すが身の為でしょう」
土州は酒豪の多い土地だ。ご府中では大関の番付を貰う酒呑みでも、ここでは下戸の内に入ると聞く。
そんな会話をしていると。
「おまんら、地酒じゃが酒は要らんか。今、わしの家から持って来るき」
下は褌姿の浜の漁師に声を掛けられた。
「そうかい。
酒は茶色のどろっとした
「これは強そうな酒じゃ。姫さんは姫さんは呑まん方がええ。一口でおっ倒れること請け合いじゃ」
様子を聞き付けて集まって来る浜の者。遠くからの客人に酒に肴とくれば、これはもうなるべくしてなった宴会の始まりだ。
手拍子を伴奏に流れる歌はよさこい節。但し、わしが知る物とは歌詞が違う。
――――
♪潮を 吹いたぞ 大けな 鯨が
獲らえりゃ 半年ゃ 寝て暮らす
ヨサコイ ヨサコイ♪
♪こじゃんと 大漁で また浮かれ ちゅーけど
わしらの 財布にゃ お
ヨサコイ ヨサコイ♪
♪おうの(あ~あ)
またまた 屋敷にゃ 蔵が立つ
ヨサコイ ヨサコイ♪
♪
わしん目は お
ヨサコイ ヨサコイ♪
♪街の 女郎衆に お
またまた 化けべそ 角を出す
ヨサコイ ヨサコイ♪
♪色で しくじり
ヨサコイ ヨサコイ♪
――――
卑猥な内容もある為、一部伏せ字にしたが、これらはかなりマシな部類で、余りのいかがわしい内容に書き留めなかった歌詞も多かった。
因みに「化けべそ」と言うのは、自分の細君を卑下して言う言葉で「化け物がベソを掻いたような不美人」の意。妻が夫君を卑下して言う「宿六」、つまり「宿の碌で無し」と対になる言葉である。
人に因って歌詞が違うので、恐らく節に載せて即興で歌って居るのであろう。
カンカンカンカン! 半鐘が鳴った。
火事かとわしが身構えると、
「来たぞぉ!」
物見の櫓から声が響く。
「鯨じゃ!」
さっと飛び出す漁師達。
背筋はしゃんとして、今の今まで飲んだくれていた姿はどこにもない。
「ほう」
わしが感嘆の声を上げると。
「見ちょけ。あれが土州の男やき」
自慢げに宣振は言った。
――――――――――――――
第四部は土佐から始まりました。次の更新は暫く空きます。
ブックマークをして頂けると幸いです。
拙作の「天廻の媛」もよろしくお願いいたします。
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