これがテンプレか
●これがテンプレか
「散れ散れ。相手は
すわ一戦となったならば、ここにいては巻き込まれるぞ」
遣って来た若い役人が見物人を追い払う。
物見遊山の者達を散らしながら、役人はこちらに近付いて来た。
「いずこの方とも存じませぬが、ここは
ここであたら
ここは聞き分けては頂けませぬか?」
恐らくわしの
子供相手なのにとても丁寧な物言いをする。
微塵も権柄尽くの横柄な態度は見られず、領民に対しても道理を説いて命ずるほど腰の低い男の忠告だ。
別に黒船に乗ってやろうとか、考えても居なかったわしは素直に退く。
「判りました。今立ち去ります」
言って踵を返したが、ふと気になって名を尋ねた。
「宜しければご芳名をお聞かせ下さいませ」
「拙者は
こうして黒船見物を打ち切ったわしは、屋敷へと戻る。しかし、折角の外に出た機会を逃してなるものか。
わしはまだ、屋敷の中しか知らないのだからな。
「折角です。少し大回りして帰りましょう。スエ、案内しなさい」
武家の屋敷も町家にも、一つの例外も無く皆夏蜜柑の樹を植えてある。
柿の樹・栗の樹・胡桃の樹。食べれる実を付ける庭木のなんと多い事か。
「何か代か前のお殿様が、庭に植えるよう下知されたそうでございますよ。成った実を出入りの商人に売ったり、家人の糧とすることによって、少しでも家計の足しにせよとの仰せであったとか」
少なくとも、代々の殿様は馬鹿殿でもお花畑でも無かったと言う事か。
拙くとも、家臣に嫉妬する者ではなかったと言う事だ。
街の端、河に出て、川面を吹く涼風を楽しみながら歩いていると。
ああこれが孫の言っていたテンプレと言う奴か。
下は六尺褌に爪先しかない草鞋履き、上は
駕籠掻きや港の荷担ぎでもやっているらしい筋肉隆々の男達が、わしの行く手を遮った。
「へへへ。お無垢な箱入りのお嬢さんが、こんな所来ちゃいけませんぜ」
「あっしらが、お届け致しやしょう。その代わりと言っちゃなんですが。酒手を弾んで貰えませんかね?」
口にする言葉は一見真面だが、卑下た笑いが下心を思わせる。
まして、
「お足がなければ、身体で払ってくれても宜しいんで」
こ奴……。数えで十の
「なぁに、間違っても嫁に行けぬような傷物にするこたぁありやせんぜ」
なんとまぁ。わしは懐手になる。
「ちいと、わしらの前で
おいおい。口上に無理があり過ぎるぞ。
「なぁに。ほんの四、五年前には、股をおっぴろげておしめを替えて貰っていたんじゃありやせんか。
子守の姉やに見せてたもんを、あっしらも見とうございやして」
改めて気配を探ると、近くの納屋の辺りに何人か居る。
「スエ!」
隠してあったわし謹製の手袋を着けて、スエに一声合図した。
剣だこを防ぐ工夫を成した逸品だ。
「姫様」
「応っ!」
ぱっと手渡された木刀を引っ掴むと、わしはバットのようにそれを構えた。野球ならば左打席だ。
「ははは。勇ましいのはご立派でやすが、そんな構え見たこともございやせんぜ」
馬鹿がわしを馬鹿にして笑っている。
「名乗ればそちらに障りもあろう。ぬしらは知らず私にちょっかいを掛け、返り討ちに遭った。
ずっとこれで通すが良い」
宣言すると、
「待った!」
隠れていた奴が飛び出してきたが知った事か。構わず、絡んで来た男の端にすっと身を寄せ、
「きぇぇぇ~!」
怪人・怪物・怪獣・怪鳥。いずれとも付かない雄叫びを上げて切り伏せる。
薄い布を擦る感触。皮を潰し肉が押し返す感触。そして骨に中り砕ける感触。
刃の無い木刀とて、立派に人を殺せるのだ。
袈裟に切り付けた木刀は見事鎖骨を圧し折って、待てと言って飛び出して来た男は目を剥いた。
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