これがテンプレか

●これがテンプレか


「散れ散れ。相手はえびす戦船いくさぶねぞ。

 いくさは我ら武士の仕事だが、大砲の弾に目は付いておらん。

 すわ一戦となったならば、ここにいては巻き込まれるぞ」


 遣って来た若い役人が見物人を追い払う。

 物見遊山の者達を散らしながら、役人はこちらに近付いて来た。


「いずこの方とも存じませぬが、ここは戦場いくさばになるやも知れませんぞ。

 ここであたら女子おなごや領民に被害を出したとあっては、我ら武士もののふの一分が立ちません。事に因らば、切腹によって不首尾を殿に詫びる次第になるでしょう。

 ここは聞き分けては頂けませぬか?」


 恐らくわしの身形みなりから、相応の身分の者と判断したのであろう。

 子供相手なのにとても丁寧な物言いをする。


 微塵も権柄尽くの横柄な態度は見られず、領民に対しても道理を説いて命ずるほど腰の低い男の忠告だ。

 別に黒船に乗ってやろうとか、考えても居なかったわしは素直に退く。


「判りました。今立ち去ります」


 言って踵を返したが、ふと気になって名を尋ねた。


「宜しければご芳名をお聞かせ下さいませ」


「拙者は周布すふと申します」



 こうして黒船見物を打ち切ったわしは、屋敷へと戻る。しかし、折角の外に出た機会を逃してなるものか。

 わしはまだ、屋敷の中しか知らないのだからな。


「折角です。少し大回りして帰りましょう。スエ、案内しなさい」


 武家の屋敷も町家にも、一つの例外も無く皆夏蜜柑の樹を植えてある。

 柿の樹・栗の樹・胡桃の樹。食べれる実を付ける庭木のなんと多い事か。


「何か代か前のお殿様が、庭に植えるよう下知されたそうでございますよ。成った実を出入りの商人に売ったり、家人の糧とすることによって、少しでも家計の足しにせよとの仰せであったとか」


 少なくとも、代々の殿様は馬鹿殿でもお花畑でも無かったと言う事か。仮令たとえそれが家臣の進言であったとしても、それを通したのは上に立つ者の手柄と言って差し支えない。

 拙くとも、家臣に嫉妬する者ではなかったと言う事だ。



 街の端、河に出て、川面を吹く涼風を楽しみながら歩いていると。

 ああこれが孫の言っていたテンプレと言う奴か。


 下は六尺褌に爪先しかない草鞋履き、上は単衣ひとえの継ぎばかりある半纏はんてん

 駕籠掻きや港の荷担ぎでもやっているらしい筋肉隆々の男達が、わしの行く手を遮った。


「へへへ。お無垢な箱入りのお嬢さんが、こんな所来ちゃいけませんぜ」


「あっしらが、お届け致しやしょう。その代わりと言っちゃなんですが。酒手を弾んで貰えませんかね?」


 口にする言葉は一見真面だが、卑下た笑いが下心を思わせる。

 まして、


「お足がなければ、身体で払ってくれても宜しいんで」


 こ奴……。数えで十の女童めのわらわに、何を言い出すのやら。


「なぁに、間違っても嫁に行けぬような傷物にするこたぁありやせんぜ」


 なんとまぁ。わしは懐手になる。


「ちいと、わしらの前であわせの裾をはだけて、弁天様を御開帳頂ければ宜しいんで」


 おいおい。口上に無理があり過ぎるぞ。



「なぁに。ほんの四、五年前には、股をおっぴろげておしめを替えて貰っていたんじゃありやせんか。

 子守の姉やに見せてたもんを、あっしらも見とうございやして」


 改めて気配を探ると、近くの納屋の辺りに何人か居る。


「スエ!」


 隠してあったわし謹製の手袋を着けて、スエに一声合図した。

 剣だこを防ぐ工夫を成した逸品だ。


「姫様」


「応っ!」


 ぱっと手渡された木刀を引っ掴むと、わしはバットのようにそれを構えた。野球ならば左打席だ。



「ははは。勇ましいのはご立派でやすが、そんな構え見たこともございやせんぜ」


 馬鹿がわしを馬鹿にして笑っている。


「名乗ればそちらに障りもあろう。ぬしらは知らず私にちょっかいを掛け、返り討ちに遭った。

 ずっとこれで通すが良い」


 宣言すると、


「待った!」

 隠れていた奴が飛び出してきたが知った事か。構わず、絡んで来た男の端にすっと身を寄せ、


「きぇぇぇ~!」


 怪人・怪物・怪獣・怪鳥。いずれとも付かない雄叫びを上げて切り伏せる。


 薄い布を擦る感触。皮を潰し肉が押し返す感触。そして骨に中り砕ける感触。

 刃の無い木刀とて、立派に人を殺せるのだ。


 袈裟に切り付けた木刀は見事鎖骨を圧し折って、待てと言って飛び出して来た男は目を剥いた。


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