なら、死ね

●なら、死ね


 その夜、壬生寺みぶでらを襲ったのは土八どんぱち一家であった。

 わしが報を聞き駆け付けた時。山門の前で芹沢殿らと土八どんぱち一家の睨み合いが始まっていた。

 ざっと見て、土八一家は新撰組の三倍は居る。


「火事でもあるまいに」

 知らず、わしの口から零れた言葉。

 土八めは新撰組の屯所とんしょである壬生寺に鳶口・刺股・掛矢を携えて押し掛けている。


 そもそもの始まりは「道を譲れ・譲らぬ」との、まるで子供の意地の張り合いみたいな詰まらぬ事が切欠であったと聞く。

 先日は藤崎ふじさき殿の分別で衝突を免れた。しかし、どうやら土八と言う男は困ったものだ。

 仮令たとえ腕と気風きっぷに見るべきものがあったとしても、柔和と軟弱を取り違える程の愚か者らしい。

 藤崎殿の大人の対応を心得違いしたか、新撰組を組み易しと図に乗っているとしか思えない。


登茂恵ともえ! 流石に、もう浪士達に堪忍を求めれないよ」

 わしを見るなり奈津なつ殿が泣きそうな顔で漏らした。

 持参したのは元来建物をこぼちて火を消し止めるための火消道具。

 屯所とんしょである壬生寺を打ち壊さんとする推参者すいさんものに、弱腰と勘違いされるような対応は出来ない。

 武士が、武士である限り。


「随分ど見縊みぐびってくれだもんだ。

 最後に言う。このまま黙ってがえるなら、見逃がしてやっぺ」

 芹沢殿が最後通知を突き付ける。しかし、

「はん。俺も男伊達おとこやて売る商売だ。

 今更はいそうですかとなれん」

 土八めらも、喧嘩仕度で屯所に押し掛けた以上、何もせずに帰ったら良い物笑いであろう。


 芹沢殿の手首から肘までの長さ分、するりと鞘が前にズラされて、カチっと鯉口が切られたかと思うと、

「そうが。なら、死ね」

 氷の様な言葉と共に、星を映した刃の光が、上から下に通り抜けた。


「な……」

 何か言おうとした土八が彫像のように固まり、ぐらっと揺れ、三つ数える間に、

「こほっ!」

 口から血を吐いて崩れ落ちる。


「親分! よくも!」

 土八の子分が叫ぶと、一斉に襲い掛かる。


「是非も無し。最早、斬らずに済ますことは叶わぬ」

 島崎殿が刀を抜くと、試衛の者達も戦いに加わった。


 あちこちで切り結ぶ新撰組と土八一家。

 数は勝れど膂力りょりょく頼りのヤクザ剣法。伊達には差さぬ武士の刀。まして親分が討たれたのだ。

 数の利は辛うじて互角の勝負と成って居た。


「きゃきゃきゃきぁ!」

 興奮のあまり呂律ろれつが回らぬ土八一家の者が、わしに向かって長脇差を振り被る。

「はぁ」

 わしは溜息と共に刃の下を潜って脇に肘打ちを見舞う。

 足腰こそ強靭であるが、明らかに力任せの生兵法。わしが付け込む隙だらけ。

 わしは余裕を持って捌いて行く。


「ほんと、迷惑だよ」

 斬撃を。否、なまくら刀の打突を躱しつつ、奈津殿が吠えた。

「奈津殿、私の後ろに」

 庇ってわしは、さらに矢面に立つ。


 本当に奈津殿の言う通りだ。成り行きで、次から次へと襲い掛かられるのだから溜まらない。

 わしは柚須ゆすの躾刀を抜き、掛かって来る者目掛け、

「きゃぁぁぁ!」

 猿のような叫びを上げて打ち据える。振り被った瞬間を捉えて打ち込めば、

「がっぬ!」

 くにゃっと曲がった鈍らの峰が、彼の頭蓋に食い込んだ。



 騒ぎに会津の兵達が駆け付けたのは半刻はんときの後。

「登茂恵はん。こらどないなことやねん」

 取り手に混ざって居た二条新知の親分がわしに聞いた。

 壬生寺の山門はむせる程の血の臭いが立ち込めて居たからだ。

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