説くは大攘夷1

●説くは大攘夷だいじょうい


攘夷じょういなど、今の夷狄と八島やしまを知れば無理難題と知れたことにございます。

 勿論、必要とあらば八島ことごとく火の玉と成りて、皇国の安危この一戦に在り。死なば護国の鬼と誓いてあたに当らねば成れませぬ。

 されど兵は不祥ふしょう(不吉)の器にございます。みだりに用いては国を滅ぼしまする」


 わしは諸外国と我が国を比べれば、今のままでの外国勢力排除など現実的ではない。その結論から解き始める。

 勿論、必要ならば国を挙げ、死んでも魂は侵攻軍と戦い続けるぞと、国の興亡を懸けて戦わねばならない。

 しかし戦争は最後の手段であり、むやみにやっては国を滅ぼすと。



「清国をかがみと致せば、勝ってもたかあたを追い出したに過ぎず、度重なりては八島の人種ひとだね遂に尽き、京師けいしは火に遭うて見る影も無き焼け野原となりましょう。

 なんとなれば、如何いか神明しんめいの加護あつくとも、それを覆す夷狄いてきの圧倒的な機械の偉力いりょくがあるからでございます」


 そう。お隣の中国の現状を見る限り、勝ったとしても精々侵略者を追い出しただけであり、度重なれば我が国は沢山の戦死者を出して戦えなくなり、都は焼け野原となって仕舞うだろう。

 なぜならば、どんなに神様の加護があったとしても、そんなことはものともしない外国の圧倒的な機械力があるからだ。



「されど。もし御宸襟ごしんきん攘夷じょういを御下問されしその時は、大樹たいじゅは成否をあげつらわず、断固として夷狄との大戦おおいくさに及ぶでありましょう」


 けれども、もし天皇陛下が「外国と戦って勝てるか」と聞かれた時は、勝算など考えもせず「出来ます」と言って戦争を始めるのが臣下の道である。前世の太平洋戦争がそうであったように。



「されば侍従様、御注意くださいませ。

 彼の大楠公だいなんこうが湊川に敗れし後も、尊氏たかうじめは腐っても八島の民でございました。

 故に後醍醐ごだいごみかどしいたてまつらんとは露ほどにも考えることこれ無く。まして天照あまてる神より今に至るまで、御統みすまる勾玉まがたまと匂い綴らせ給う神の御裔みすえ。その尊きお血筋を、絶やす事など天地が滅ぶとも有り得ませんでした」


 だから岩倉具視卿は注意して欲しい。。

 あの楠木正成くすのきまさしげが湊川で戦死した後も、足利尊氏は腐ってもこの国の人だった。

 だから後醍醐天皇を殺してしまおうとは全く考えなかったと、まして神代より、御統つまり多くの玉を糸で貫いて輪にした古代の装身具のように、ずーっと続いている神様の子孫。その尊き天皇家のお血筋を絶やす事など、絶対に有り得なかった。



「されど夷狄は違います。

 奴原やつばら化外けがいの者にございますれば、大御稜威おおみいつを軽んじる事弊履へいりの如し。八百万の神はおろかか仏も知らぬ者なれば、石仏の頭を漬物石にして恥じぬけだもの共にございます」


 だけど外国の者達は違う。

 奴らは我が国の常識と無関係の者だから、天皇の権威なんて使い潰した草履みたいなもの。

 我が国の価値観の通用しない相手だから、石仏の頭を漬物石にしても恥じる事が無い連中だ。



火砲ほづつにアヘンに蒸気船。夷狄が狐狼ころうの悪知恵と機械の偉力で、国も都も烏有うゆうに帰し、大樹たおれしその時は。

 夷狄は文武百官をひとやに繋ぎ、殿上人の子弟をやっこと為すだけでは飽き足らず、下は襁褓むつきの取れぬ三つ子から上は百歳の尼に至るまでことごとく、女を遊女あそびめおとすことでありましょう。

 しかして、夷狄の爪牙そうが至尊しそんのお血筋を絶やすまでみますまい」


 大砲にアヘンに蒸気船。外国が狡賢く残忍な悪知恵と機械の力で、国も都も焼け野原にして、大樹公が戦死したその後に何が起こるのか?

 戦争に勝った外国人は朝廷の要人を投獄し、公家の一族を奴隷に堕とすだけでは飽き足らず、下はオムツの取れない満二歳以下の幼児から上はいつ死んでもおかしくないお年寄りの未亡人に至るまで全部、女を売春婦にしてしまうだろう。

 そうして、外国の乱暴狼藉は天皇家の血筋を絶やすまで止まる事はないだろう。


 わしはこう言いながら、前世で引揚者から聞いたマダムダワイの話を思い出し、沸々と怒りが沸き上がって来た。



「されば正に『綸言りんげん汗のごとし』の金言を心にりておかねば為りませぬ」


 だから「天皇の言葉は汗の様に、発せられたら覆らない」と言う格言を心に刻んでおかないといけない。

 わしはそう言い切った。

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