説くは大攘夷2

●説くは大攘夷だいじょうい


 具視卿ともみきょうは黙り込んでしまった。


 宮中の方々は、意外と諸外国の情報を持っていた。

 しかし耳で聞くのと目で見るのは大違いだ。仮令たとえ情報が正確に伝わっていたとしても、受け取る方が話半分に割り引くならば、何の役にも立たぬどころか有害である。


 万が一、攘夷を成せとの大詔おおみことのりが降された時は、勝てぬ戦を仕掛けて散々に打ち負かされるのが目に見えている。

 そうなったら国体こくたいつまり国の在り方が護持されても、諸外国からの信用を失った八島は大きく国益を失い、より不利な条約を結ばされることであろう。前世の歴史がそうであったように。



 追い打ちするように、間を置いてわしは舌より寸鉄すんてつを手裏剣の様に打つ。

「お畏れながら侍従様。登茂恵は、こう愚考致しまする。

 夷狄と八島をくらぶれば、鎮西為朝ちんぜいためともとよちよち歩きの赤子の差がございます」


「……それは大げさではないのか?」

 具視卿は目を剥くが、

「これでも、かなり押えております」

 鰾膠にべも無く、具視卿の希望的観測を切り捨てる。あまつさえ、

「為すすべもないのか」

 と言う嘆きの声にわしは冷たく言葉を返す。


「はい。刀を持つ賊に、無手で戦っては為りませぬ。

 具足を着込み槍持つ兵に、平服の匕首あいくちで向かっては為りませぬ。

 一町向こうの弓衆に、槍一筋で吶喊とっかん致さば討ち死には免れませぬ。

 十町先の鉄砲火砲と、弓矢で戦って勝てませぬ」

 わしは子供でも解る道理を突き付けた。



 時が水飴の様に伸びる憂いの時間。具視卿の絶望感がどん底に至るを計って、

「毒薬なれど、一つだけ妙薬がございます」

 一筋の希望を投げ掛けると空気が変わる。


「登茂恵はん。そら、どうしたらよいのやろうか?」

 縋る眼差しの具視卿に、わしは続ける。

「三十六計に借刀殺人しゃくとうさつじんと言うものがございます。本来の意は、を以て夷を制すに近いのでございまするが、登茂恵は別の解釈を致しました」

 わしの話に興味を示したのか、具視ともみ卿は、

「ほう?」

 と身を乗り出した。



「メリケンには、僅か三つで熊退治した武人の話がございます」

怪童丸かいどうまるの如き話やな。あちらのお伽噺か?」

「いえ。ほんの二十年程前にメリケンに居た武人にございます。しかもどうやら作り話でも無き模様」

 怪童丸とは何なのかは知らぬが、わしの申すはお伽噺では無い。


「お伽噺が如きわざが成るのは、ひとえに鉄砲の力にございます。

 その利は力が要らぬ事。三つ子でも引き金を引けば弾は放て、弾に当たれば熊も討てます。鎮西為朝に三つ子が勝つ為には、優れた武器を持てば宜しいのでございます」

「成るほど。それが刀を借る言う事か」

 わしの言わんとすることが、飲み込めて来たらしい。

「はい。夷狄のたくみを学び身に着けて、夷狄と戦うのでございます」

 ここまでは、して耳に逆らう話ではない。問題はここからだ。



「八島が桃源の夢にありし三百年。夷狄は戦国の只中でございました。今もそれは変わっておりませぬ。

 修羅の世で磨き抜かれた、夷狄の優れた武器や兵法を採り入れ。それを支える法度はっとや国の在り方もすすめて行かねば、未来永劫、八島は夷狄の後塵を拝しまする。

 八島を護るその為に、八島を夷狄の如き国に致さねば為らぬかもしれませぬ」


 我が国が平和な時代を過ごして来た三百年。外国は戦国時代の最中だった。それは今も続いている。

 我が国も外国の、戦争の中で磨き抜かれた優れた武器や戦い方を採り入れ。それを支える法律や社会制度も推し進めて行かなければ、未来永劫我が国は外国に勝てない。

 我が国を護るためには、我が国を外国の様に変えて行かなければならないかもしれない。

 そうわしは説く。



「まて、そら……」

 流石に声を上げた具視卿。それを遮りわしは続ける。

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