あないな女
●あないな女
「こちらが丹波松茸の吸い物にございます」
「これは湯葉ですか? 黒豆の艶ある色と香り。ゴボウの金平も塩が効いて美味しゅうございます」
子供ばかりを集めた座敷。酒も無く、膳を運ぶものは居ても遊女芸妓幇間も居ないけれど、膳の中身はご馳走だった。
一人一尾の煮付けた小鯛を主たる菜に、三汁五菜と香の物。飯は手盛りだがお代わり自由の真っ白な銀シャリ。おまけに卵カステラと言うデザートまである。
確かに前世の飽食と言われた時代と比べれば慎ましい料理だが。この時代、京と言う内陸の地で海の魚を用意するなど、考えてみれば贅沢極まりない話だった。
左右の座敷から漏れる三味線の響き、芸妓の小唄。
「ええなぁ。こっちは芸妓の一人いーひんのに。こっちは女なしかいな」
「とりあえずそこに居るけどな」
わしの方をチラ見して、むすっと不機嫌な声が返る。
中間の世界は男社会だ。わしを除いてこの部屋に誰も女はいない。
しかし今の言い草は腹が立つ。ふっと鼻で嗤ってわしは言った。
「既に魚はございます。
昔の
酒と女を乞い得ることは叶いますまい」
何を言われたのか判らず、ぽかんとする男の子達の中で末席の方から、
「ならば帰れち言わるっやろうね」
と小さな声が聞えた。
おや? 彼には大層な学がある。
孟嘗君に三窟を創った
「あなた。今、なんと言われましたか?」
そうわしが訊ねると。
「やったら帰れ言われるやろうな。と言いました」
と今世のわしとあまり変わらぬ年頃の子が答えた。
「
兄貴分らしき近くに座っている、少し年上の男の子が小突いた。
「おやめなさい」
と制したわしは、
「あれで意味が解るとは、あなたの
と重ねて聞いた。
「父の名は、田尻次兵衛です」
生憎わしに覚えは無いが、子に漢籍を学ばせるのは一廉の者と相場は決まっている。
「一度逢いたいものですね」
「無理です。父は
「これは! 申し訳ありません」
「いえいえ私事です。それで父の知り合いの世話で、肥後守様の御屋敷に出入りさせて頂いております」
さっきの訛りから考えると、あるいは薩摩忍びの関わりがあるのかも知れない。
わしが三次郎の傍に進み出て、甲斐甲斐しく飯をよそったり世話を焼きながら話し始めると、
「あーあ。あないな女でも、まだ居るだけましやったんやな」
ぼやく男の子達の声。
それを聞き流して、四半刻ほど三次郎と話していると。
隣の座敷からただならぬ罵声が響いて来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます