御前出入り4

●御前出入り4


 枯れてはいるが草丈は五尺余。その中を一列縦隊で進む兵士つわものが十一。

 宣振よしふる率いる抜刀隊である。


 古人曰く。我も人なり彼も人なり。敵が同様に企んでいる筈が無いなどと油断するのは愚か者。

 だから皆、声を上げぬ様にばいふくむ。

 だから先頭を行く宣振は棒に羽織を通して前にかざす。

 羽織は戦場由来の棒術の一手であり、不意の遭遇に備えたものだ。草の幕を通して攻撃されるのは人では無く傀儡の羽織と言う訳だ。


 何故宣振がここに居るのかであるが。お城山で砲術家としての力を揮った彼は、

「わしゃ剣もまっこと使えるぞ」

 自分でかなり使えると言っているのだが。登茂恵ともえの見る所、既に達人の域にある。

 尋常の勝負ならばまだしも命を狙われたら、大抵の者は簡単に命を落とすであろう。

 そう、知らぬ間に剣の間合いに入り込まれたらそれでお終いだ。


 随う者もまた同類。普段は愉快にお道化どけているけど、いくさとなったら恐れを知らない。

 皆、一く十を制す、腕に自慢の猛者もさばかり。


 登茂恵と作った地図を頼りに大回りに迂回して進む。

 川を渡った赤軍だが、如何に三人力と自慢する祐天といえどもも、大将と言う立場だ。なかなか子分達が前へは出してくれない。今も後ろから戦いを眺めて、機を伺っているだろう。

 仮令たとえ前進していても遣る事は同じだ。密かに後方に出て切り込むのが役目。


 繁みを揺らす風の如く、静かに草を掻き分けて行くと、くさむらを声無く進む益荒男ますらお達の目は、遂に大将・祐天ゆうてんの姿をとらえた。



 ピィーピピピッ! ピィーピピピッ!


 号笛ごうてきを響かせて、自らも切り結びつつ隊を指揮する登茂恵の姿。

 高台から喧嘩を望む大樹公たいじゅこうは、

掃部かもん。登茂恵はまるで関ケ原の治部や刑部の如き働きだな」

 と傍らの鎧兜の武者に聞いた。


「御意。違うのは、裏切り者の出ない事でありましょう。

 素早くほりを築いて、陣を固めておりますし、騎馬も出番を待っております。

 それに……」

 面を付けているが、声は彦根中将その人である。


「それに?」

 大樹公は促す。

「全軍をもって川を渡った赤軍は、別手べっての動きに全く気付いて居りませぬ」


 上から分倍河原ぶばいがわらを見下ろせば、三つの子供でも一目で解ることだった。

 しかし下で戦っている者達には見えはしない。繁みの中を大きく迂回する宣振達抜刀隊の動きを知る者は、登茂恵と宣振達本人だけであろう。


 土手の見物人を含めて、他の者にはどう見えるか?

 その位置からは、宣振達は見えないのである。


 乱戦までは至っていないが、守勢を採った御親兵ごしんぺいに疲れの色が見え始めた。

 無理もない。元々半分の数なのに、未だ戦いに投入していない者達が居るからだ。実際に闘う者の彼我の差は、現在三倍近い。


 但し。判官贔屓で「頑張れ」とか「負けるな」とか口にする見物人の声さえも、登茂恵の計画通り。

 外野からの歓声が、見事に叢を行く宣振達の音を消し去っているのだ。



「若様あぶねえ!」

 土手より声が掛かる。左の兵が斃されて空いた間隙より、吶喊とっかんして来る槍の男。

 手練れだ。向う手(左手)で円鐔まるつばのある管を持ち、尻手しって(右手)を大きく後ろに引きながら、半身の姿勢で腰溜めに構えて走り込んで来る。


管槍くだやりか!」

 稲妻の如き管槍と、足を止めて対峙すると分が悪い。

 叩き合っても相手は緩い管で自分が受ける衝撃を殺すから、間違い無くこちらの手が先に痺れて競り負ける。


「くっ」

 突いて来るか叩いて来るかと身構えれば、


(しまった!)

 あ奴の本は棒術だ。管で自在に滑るから槍として使われるよりなお危うい。

 刀対して棒に利有り。体の井桁を斜に崩して一撃をかわすと、伸びる石突が頬を掠め、次の瞬間穂先がこちらに飛来する。


「うわぁぁぁぁ!」

 沢山の絶叫が、土手の方から押し寄せた。

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