第五章 天狗の報せ

申請許可

●申請許可


 文長ぶんちょう六年七月七日。前世ならば小野訓導くんどう祥月しょうつき命日だ。

 ご府中を駆ける柿渋染の集団は、すっかりお馴染みになっていた。



「一糸乱れぬ動き、見事なり。よって稽古の為、ゲベール三十挺を登茂恵ともえに預ける。

 合わせて煙硝三樽・鉛百貫を下げ渡し、上様の格別のお計らいによってご府中にての鉄砲稽古を許す。

 奉公せよ」


 只の分列行進と、二人一組の行動が出来るようになっただけに過ぎぬのに。

 大樹公たいじゅこう様の上覧にて、彦根ひこね中将ちゅうじょう様より過分のお褒めを頂いた。

 収穫はゲベールの貸与と訓練の為の鉄砲使用の許可だ。

 つまり、ここまで使えるならば鉄砲撃ちの訓練に入れと言う事である。



「登茂恵、大儀であった。何か望む物はあるか?」


「はい。二つございます」


「申せ」


「一つは、ゲベールに手を加えることをお許し下さいませ」


「なぜだ?」


「刀の鍔を取り替え、弓矢の弭を削り弦を張り直す如く。使い易きよう弄ります」


「相判った。今一つは」


「されば」


 とわしは断って、


「槍も刀も弓矢も。掛矢も熊手も薙刀も。およそ戦道具たる物は一朝事いっちょうことある時に使う事が能わずば、無益な物にございます」


 と前振りをした。



「もしも、鉄砲にて上様やご重臣の方々を害し奉らんとする賊の現れし時は、お護りつかまつらんが為、いずことなりも推参致し、鉄砲を用いる事をお許し下されば幸いにございます」


 一気に流したわしの願いに、


「待て! それは軽々にお許し頂くことは出来ぬ話だぞ」


 横から彦根中将様が難色を示した。


 確かに天下の宰相として、大樹公家の執権として。小なりといえども迂闊に軍権を渡せぬのは判る。



「必要なのか?」


 大樹公様が問う。


「はい。例えばご重臣方の登城にございまする」


「聞こう。詳しく話せ」


 彦根中将様は手で、何か言い掛けた他の重臣方を制して許可した。



「異人の来航せしよりこの方。国の金銀が外国とつくに流れ出ました。

 結果、近年とみに物価が上がり、日銭を稼ぐ町民はまだしも家禄かろくにて活計たつきする武士の困窮甚だしくございまする」


 しーんと静まる謁見の間。


「武を持つ者が食い詰める。しん登茂恵は、これを三代様の御代にあったお取り潰しによる世の不穏にも似た国の様かとおそつかまつりまする。


 かるご時世。かつて食い詰め者の浪人を束ねし、由井ゆい民部之助かきべのすけ橘正雪たちばなのまさゆきの如き輩が現れぬと誰が申せましょう」


 ざわつく辺り。わしは二呼吸置いて先を続ける。


「昨今は倹約を旨とするご家中が多い為、供の大半を口入くちいれ屋を通じてろく要らずの一時雇いのお中間ちゅうげんで賄っているよし

 斯様かような者ではいざ賊に襲われし時、いかほど役に立ちましょう。安物には安物のあたいしかございませぬ。

 御恩奉公は武家の倣いなれば、仮令たとえ命働きをしても子弟が取り立てられる筈もなき者に、どうして譜代並みの忠義を期待することは出来ましょうか?

 恐らく一人として剣執つるぎる者はありますまい。一時雇いの者など、ご府中のお屋敷にご主君一大事とご注進でも致せば、天晴あっぱれなりと褒めて取らして良いくらいにございます」


 変事を報せ、援けを呼ぶだけでも奇特な事だとわしは断じる。


「決してみだりには放ちませぬ。

 不吉な話で申し訳ございませぬが、ゲベールを預かる以上、斯様かような変事に出くわして、後日鉄砲を撃つことが出来たら可惜あたら……とほぞを噛みたくはございませぬ」


 そうわしが言い切った時。


「ゲベールは隠さず持たばそれで良し。

 放つは非常の際のみ差し許す。事後は、神妙に裁きを待て」


 彦根中将様が言った。


 それは事実上、大樹公家がわしの願いを承認をした瞬間でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る