親分の仲裁1
●親分の仲裁1
「で。あんたらの言い分は?」
小料理屋の座敷にて、二条新地の親分が問う。何せ子分を自称したのだ。親分に逆らえる訳も無い。
「へ。へい。こいつがうちの賭場で借金拵えまして。
返すどころか、今日は文無しで博奕打って大負けしたんや」
良くある話だ。親分も博奕打ちだけあって、
「ふむふむ。そらこの親父の自業自得やな」
と理解を示す。
「へい。それで焼きを入れとった所に、こいつの娘通りかかったんや。
わしらは考えた。こいつを縊り殺しても、わしらは一文にも成らへん。
やったら娘を売って払えとやっとった所に、そいつがしゃしゃり出て来やがったんや」
「なるほど。あんたらの言い分は判った」
親分はそこでやくざ者話を終わらせ、
「で、おぼっちゃん。何があったんや?」
と、わしの言い分を尋ねた。
「そこのお春を供にして長尾天満に詣でた帰り、突然駆けだしたお春が
最初から様子を見て居る者が居たとしたら、否定できない自然な流れだ。
「日雇いの家来なれど、お春が一日の家来なれば私は一日の
奉公せぬ家来が無いように、事の是非はともあれ家来に与せぬ主などございません。
親分さんにお聞きいたします。
君臣の関係を親分子分に置き換えて聞く。すると当然、
「勿論逃がしたるに決まってる」
即答を得た。わしは
「他所の一家が、身柄を寄越せと迫って来たら、引き渡しますか?」
と親分に問う。
「そないな訳があらへんやろう。
わしを頼って来た
客人に道理があれば喧嘩も辞さへんし、お天道様に顔向けできひん非道の輩ならいざ知らず。
少しくらいの非があってもこっそり逃がしたるくらいはする」
一家を構える渡世人の親分なら、こう答えるのが当たり前。
清々しい程迷いのない真っ直ぐな答えが返って来た。だからわしも主張する。
「はい。私もそのようにしただけにございます」
「なるほどな。おぼっちゃんの話は判った。なら……」
双方の言い分を聞き、手打ちに話を持って行こうとする親分の言葉を遮り、
「待って下さい」
声を高くしてわしは訴える。
「この人攫い達は、お春に預けてあった私の財布をも奪い取って返さないのでございます」
やくざ者達が「え?」と言う顔になった。
「するとおぼっちゃんは、こいつらに金を奪われた言うんやな」
新しい話が出て、取り纏めようとした親分がわしに確認する。
「私はお春から取り上げた所を見ておりました」
きっぱりと告げたわしは、更に更に語気を強めて、
「力づくで他人の財布を奪うのは、強盗とは言いませんか?」
と詰め寄った。
「まぁ。そうやな。道理もあらへんのに力づくで銭を奪えば強盗や」
主がお供する家来に財布を預けるのは、良く有る事だ。
金を預かっているお供に貸しがあるからと言って、勝手に主の金を巻き上げて良い道理は無い。
「ま、ままま、待ちなはれ! 銭は借金のカタや!」
思いもしない展開に、慌てて口を挟むやくざ者達。
「私は一文も借りた覚えなどございませんよ。主とは言え、お春の家とは別家でございます。
他家の借財を取り立てるのは、どんな筋のお話なのでございましょう?
例えば、お
丁稚の親に貸している金があったとしても、使いの金を取り上げてしまうなど、筋が通るでございましょうか?」
「通らへんな」
わしの言葉を承けた親分にジロリと睨みつけられ、尻すぼみに小さくなる声。
「それで、なんぼ入っとったんや?」
「天保一分銀・四十枚」
親分の問いに答えると、どさっとお春から奪った財布が石段に落ちる。
「十両……」
呻くような声が、やくざ者達から上がった。
そう。盗めば首が飛ぶ金額である。
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