白い虹4
●白い虹4
それと同じ血を引く
当代も
「薩摩隼人は律義者にございますね。
しかしいくらご主君と同じ血を引くと申されても、三百年も昔の事にございます」
「貴人ば討つには、それなりん礼儀がおっど。
武士ならば、憎き仇でん寝ちょっ所は討たん。
曽我兄弟んごつ枕を蹴って驚かし、叩き起こした所を討つもんじゃ」
「
「なに。おい達が襲撃を企てちょっと密告させた。文は羽林も見た筈や」
「なるほど」
頷いたわしは、
「お春。
有村殿が薩摩のお止め流で参るならば、刀では太刀打ちできませぬ」
ライフル弾を食い止める厚みを持つ鋼の円匙だ。武器として用いた場合の威力はこのわしが知って居る。
「こちらも、当流・
静かにわしは円匙を構えた。
「なっ!」
驚愕の彩が浮かぶ有村殿の顔。
さもあらん。彼が使う薩摩の御止め流とは、正しく薬丸示現流。つまり前世でわしが会得して、今世に持ち込んだ剣と同じなのだから。
彼我の距離は今、同時に突っ込んで行っても一呼吸するに足る
意表を衝かれて迷いが出たのか。あるいはいくら死ぬと決めたとは言え考えなしに闘って無様な返り討ちに為らぬ様、こちらの情報を探っているのか。有村殿は攻めて来ない。
「聞かん名だが、三星一文字とは
よもやそいが当流と瓜二つとはな。じゃっで見ただけで解っ。わいは手練れであっとな。
「
「なんと、わいはご生母様をご存知か」
目を見開く有村殿。
「
もし夭逝されたお二人に、後二十余年の
もし賢章院様がご健在であれば、薩摩にお家騒動など起らなかったことにございましょう」
今の言葉に感極まったのか、有村殿は
「そうじゃ。ご生母様げらっしゃたら
男泣きに涙ぐんで頷いた。
今の主君の祖母に対して随分だが。これが有村の偽らざる心根であった。
そう、賢章院様が長生きされて居れば。前世のわしも幼少時、何度も若死にを惜しむ声を聞いたものだ。
わしとの会話でかなり毒気を抜かれた有村であったが、この頃になると事態は進行していた。
これは後から判った事だが、彼を除いて襲撃者は討ち死にするか、他日を期して離脱していたのだ。
漸く駆け付けて来た彦根の増援に、襲撃現場は十重二十重に囲まれていた。
「詮議を尽くした義挙やったが、不覚にも
言い訳がましい理屈を捏ねてしまったと、有村殿は
「
放っちょいてもおいん負けだ。
じゃが、一片ん情けが有れば立ち合うて欲しか」
誰でも懐くような
「互いの剣は一撃必殺。私も一個の剣士として、
良いですか。決して私に討たれようと
「判った。神懸けてわいを
互いに一礼して、わしらは、
「きゃあーっ!」「きぇぇぇぇ!」
雄叫びを上げて身体のリミッターを外し、火事場のクソ力を振り絞って斬りつけた。
時間がゼノンのパラドックス。つまり亀にアキレスは追い付けないことを実証するかのように、距離が縮まるほどに伸びて行く。
わしらは音を失い、さらには彩を失った無声で白黒の活動写真の中に入り込み、初太刀の唯一刀に己を懸けた。
画中の身と成りて、ゆるりと動く有村殿。その顔が、満ち足りたように笑みを浮かべる。
多分、わしも同じ顔をしていることだろう。
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