第四章 道理は死せず

撃ちてし已まん

●撃ちてしまん


 わしは指揮をあき殿に任せて、池田家に足を運んだ。

 近づいて行くと、外から丸解りの大声で話声が聞こえる。



瑞山ずいざん先生。敵討ちは武士の誉や。

 寅之進とらのしんは当然の事をしただけじゃないか」

「他所ならその通りや。誉められこそすれ重い罪になる事は無いろう。

 だけんど、ここは土州としゅうなのや。他所のようには行かん。

 偉い手から見るやったら白札のわしも、まっことたすいながよ」

 本当に無力なんだよとぼやく声。同じ声が言う。

「寅は敵討ちを成し遂げ、武士の本望を全うしたんやき。上士に討ち取られるくらいやったら、潔う切腹し責任も全うすべきや」



 おいおい。切腹を強要されたらわしが困る。わしは拳で戸をドンドンと叩き。

「頼もう! 才谷屋の客人登茂恵ともえにございます。入って宜しいですか?」

 呼ばわると、直ぐに

「登茂恵殿。こんな所へ……」

 戸を開いたのは喜久馬きくま殿であった。


 わしは会釈し、奥に居る寅之進殿に礼を述べる。

「寅之進殿。配下があわや手籠めにされるところを、ご舎弟しゃてい忠次郎ちゅうじろう殿に助けられました。

 通例、刃傷の類が起こった場合。刃傷に及んだものは勿論、その場に居合わせた者も止められなかった咎で断罪されることが良くございます。されど此度こたびは、われら御親兵ごしんぺいがさせませぬ。

 土州侯としゅうこうと膝詰め談判しても、事に因ったら鉄砲火砲ほづつに懸けても、流言で上士と郷士の対立を煽った悪人原あくにんばらの、思い通りにはさせませぬ」

 わしは辺りに響く大きな声で言い切った。



 辺りの様子を伺いつつ。わしは先日の大樹公様の言葉を思い浮かべる。


「勤皇大いに結構。われが不甲斐ないのならば、代わって立つと言うのも有りであろう。

 例えば登茂恵ともえの実家でも良い。圧倒的な力を以って国を鎮め、この大八島を外国とつくにより護り国の光を増し加える事が叶うと、力を示す事が出来る者が現れるならば。

 われ豊家ほうけの轍は踏まぬ。潔く天下人の座を譲り臣下に降るも良しとしよう。されどいたずらに騒乱を起こし、乗じて天下転覆を謀る賊めは許すまじ。

 登茂恵ともえ。今、八島のあちこちでうごめく者共の影に、どうも水府の影があるのだ。奴ら天狗は、百中一でも芽が出れば良いとばかりに悪巧みを仕掛けておる」


 天狗の一派は、手段を択ばず事を成そうとしている。阻め。と密命を承ったのだ。

 それを成す為の道具が、如何なる手立てを用いても構わぬと言う大樹公様の御免状であり、演習名目で呼び寄せた御親兵なのだ。



「お手前は」

 訝しむその声は、寅之進殿に切腹を迫った男の声。

「大樹公様御親兵差配の登茂恵にございます。そう言うおんみは」

 名乗ったその直後、彼のこめかみがぴくりと動く様が見えた。

「……こほん。申し遅れました。白札しろふだ武市瑞山たけちずいざんと申します」


 彼一人だけ、辺りの郷士達とは異質の気配がする。何と言うか、回りとは明らかに放つ熱の色が違うのだ。

 他の者から発せられる熱は激情や哀しみの色。ところが瑞山殿から放たれる熱は、使命とか理想と言った前世に例えるなら耶蘇やそ坊主(牧師・神父・伝道師)……いや二.二六事件の将校青年。いやいやどちらかと言うと、学生運動の過激派に似た色の熱だ。


「お命は二つと無き物なれば、早まってなげうたれては困ります。

 事は、慮外者が私の配下を女と侮り、手籠めにせんとしたのが発端にございます。

 忠次郎ちゅうじろう殿は、間に入って土下座して上士に許しを乞うてまで、私の配下を護って下さいました。故に私は、皆様方郷士の側に立つのでございます。


 良いですか。我が御親兵にも、大樹公たいじゅこう様の武威を担う者としての面子と言うものがございます。もし郷士の誰かが、死なねば為らぬ事に為ってしまったのならば、我らは一歩も退けませぬ」


「そが事!」

 返る怒りを載せた驚きの声。

「ここ土州では、上士の言う事は殿様の言う事じゃ」

 その言を承けて、わしは冷え行く心にひとみを細めて、決定事項として瑞山殿に告げた。

「もう一度申します。

 良いですか? 万がいつ、彼や彼の親族朋輩ほうばいが詰め腹を切らされたとしたら。


 断じています。

 上士の言葉が土州侯としゅうこう様のお言葉であると言うならば是非もございませぬ。

 切腹、あるいは御成敗などと申す道理の通らぬ申し渡しは、他ならぬ土州侯様のご下命と断じ、我ら御親兵と土州上士のいくさにございます。

 いざいくさとあらば、我らは高知の天守てんしゅを焼き払い、土州侯としゅうこう様の首級くびすを上げるまでみませぬ」


 瑞山殿を見据えて、撃ちてし已まん(討ち果たしてこそめよう)とわしは告げた。

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