壬生の狼

●壬生の狼


 結論から言おう。

 この夜をって土八どんぱち一家は消滅した。勢力を保てぬ程に討ち減らされたのでは無い。文字通り鏖殺おうさつされたのだ。


 夜が明けるのを待って、会津・松平家中による現場の検分が開始された。

 遠巻きに、物見高い人々の目を引き付けながら。


「誰だよごいづ斬ったのは」

「物凄い斬り方だ。骨が独活うどふきみだいに断ぢ切られでる」

 中でも土八の傷は凄まじく、唯一太刀にて仕留められていた。


「こっちは頭のはぢが飛ばされでるぞ」

 あれは確かトシ殿の仕業。後ろから斬り付けた奴へ、振り向き様の薙ぎの一閃の結果である。


「こいづは頭さ自分の刀がめり込んでる」

 これはわしがたおした一人だ。


 信じられない斬り方が明らかにされるたびに、重低音のどよめきが起こる。

 ただでさえ。京の人から見るとご府中を始めとする東国は、東夷あずまえびすの国と言う。


「ほんまに恐ろしい事や。あら、怒らしたらあかんお人やな」

 こんな声も聞こえて来た。


 そんな中。

「どうしよう? うち、こないだおちょくってもうた」

 と言う声が聞こえて来た。

 わしより少し下だろうか? 未だ身八つ口に付紐を通している幼い娘が、身を縮めて不安げに言うと、

「なんやて? どうなっても知らんぞ。なんまいだぁ、なんまいだぁ。お仕舞だぁ」

 と少し年嵩の男の子が混ぜっ返す。

「ん、もぅ! さぶやんのイケズ」

 恐ろしいと言いながら、京の人は逞しい。しかし既にして、新撰組はアンタッチャブル。恐々と様子を伺う視線が向けられていた。


 ざわっざわっと騒がしい野次馬達に、

「どうがしたが? ん?」

 芹沢殿が目を探照灯のように左から右に回し、低い声で問い掛けると辺りの空気が凍った。夏だと言うのにぶるっと震える者も居る。

 一方、

「おめえら、見世物みせもんじゃねえ。会津御家中の邪魔するんだったらおっり出すぞ」

 トシ殿が睨みを利かすと、なぜか若い娘の

「きゃあ!」

 と言う声が湧き起こった。そして、娘の何人かが路上に倒れ込む。


「トシ。あまり脅かすな。可愛そうに気を失った娘もいるぞ」

 人は好いが堅物の藤崎殿が、見当違いの事を言う。

 いいやあれは違う。前世でグループサウンズを見に行って失神した娘と同じだ。憧れの人に声を掛けて貰い、感極まってああなった。と見るのが正しいだろう。

 しかし、会津松平家中の者も大方の野次馬も、儒教道徳に縛られ過ぎた人々である。多くは藤崎殿と同じ見方であったようで、

何言なんちゅう目力のある男や。あれはほんまに壬生のおおかみや」

浪士ろうし言うけど、なみさむらいうて、おおかみさむらいや」

 京の人々の口から、壬生の狼。即ち壬生狼士ろうしと言う言葉が生まれた瞬間であった。


 それはともあれ。その壬生の狼の内部が騒がしい。

「島崎の、おが甘い顔見せるのが悪い」

 と芹沢殿がなじれば、島崎殿は、

「芹沢殿は、稼業人かぎょうにん渡世人とせいにんの同類に見られる行いを改められよ」

 と弾き返す。


 芹沢殿は「土八のような男に腰の低い対応をするから舐められるのだ」と責め、

 藤崎殿は「芹沢殿が、やくざ者と変わらぬ振舞いをしていたのが悪い」と断じる。

 どちらの言い分にも筋も道理もある。道理とは立場や信念によって複数存在するものであるからだ。


 二人の仲。否、二人のどちらに随うか。と言う浪士達の意見の対立は、思ったよりも深刻であった。


――――

天に二つの日は照らず。

――――

 藤崎殿と芹沢殿は最早、野次馬の目の前で取り作る事が叶わぬ程の険悪の仲。

 二人は既に、並び立てぬ存在であろう。



 この、未だ野次馬の喧騒に包まれる壬生寺に、

「姫様、折り入ってお話が」

 長健寺ちょうけんじ維英いえい殿が訪ねて来た。


 因みに。この長健寺は京と大阪との連絡線をやくする要衝にあり、維英殿は確か岩倉具視いわくらともみ卿の縁者であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る