所有と経営1

●所有と経営1


「ご府中のおたなの皆様。お待たせいたしました」

 職人達の了解が得られたわしは、入れ替わりに前に出た人々に声を掛けた。


 わしが門前に呼び集めたのは職人達だけではない。呉服屋を始めとする商人達もだ。

 渡した見本に商機を見出したお店は、拙くても決定権を与えられた番頭や大番頭。中には主人が直に遣って来ていた。中には建前上の決定者に据えられた若旦那が、業績作りのために番頭と来ている所も散見される。

 後ろの方には、直接関わりないと思われるおたなが物見の手代や番頭の姿。


 これが門前、市を成した理由の一つ。こう言った人集ひとだかりが、少しばかり情報を流してある瓦版屋を呼び集めたのだ。



「大坂は適塾てきじゅく出身の俊英の皆様のお力により、ははが遺せし巨勢こせの秘薬が再現出来ました。

 この内紫染むらさきぞめ橙染だいだいぞめは鮮やかな染料にて、前者は絹を紫に、後者は羊の毛を橙に染めまする。

 八島の絹はいま唐国からくにに及びませぬが、紫はエゲレス・フランス・メリケン・オロシャ・オランダの国でも染めるのが難しく、その染料は貴重にして高価であり、長らく王者にのみ許される禁色でありました。

 それ故、紫の渇望は激しく。染めれば八島の絹が唐国の絹より高く売れるようになりましょう。

 いいえ。何が何でも売らねばなりませぬ。売って売って売り抜いて、八島から流れ出る黄金を、取り戻さねばならないのです」



 田沼時代に形成された信用貨幣制度。

 しかしこれは、大樹公たいじゅこう家の金山・銀山・交易の独占。つまり海禁前提と言う絶対条件が崩れ。かつこの時代の欧米列強が、信用貨幣制度を理解不能な知的レベルだったために瓦解した。

 ここで田沼が、当時の制度を根本から変えること無くもちいた信用貨幣が、紙幣で無く銀と言う貴金属であった事が大問題。

 身も蓋も無い言い方をすれば、諸外国は無自覚に大量の贋金を持ち込んで、金本位制国家の金を買い占めたのであり、これが近年の経済危機に繋がっているのだ。

 不当な商売で奪われた国富は、未来知識と言う不公正な手段で取り返しても一向に構うまい。

 前世と同じタイムスケジュールであると仮定すると、モーヴもそろそろ開発されているから急がねばならぬ。



「この紫染・橙染の二つの染料を大量に生み出す為には、最初に夥しい銭を必要と致します。

 また、僅かの染料を生み出す時には現れなかった問題も、多くを生み出し続けると為れば、必ずや表に出て来ることでしょう。

 それは例えば。一升の瓶でどぶろくをかもすのは容易たやすくとも、造り酒屋を興すとなれば七難八苦の振り掛かるのが必定なのと同じにございます。


 新しく農地を開墾致しましても、最初の一年は耕しさえ出来ませぬ。僅かな雑穀でも採れれば上首尾でありましょう。

 開墾地は、年貢が取れるまで先ず三年は掛かります。土を作りを与え、肥えた田畑と化すのに十年を費やします。


 未だ誰も成し遂げたことのない、大いなるくわだてにございます。それが易々と成るとお考えの方は、今ここでお帰り下さいませ。

 その代わり事が成りし暁には、永く金を生み続ける事業にございまする」


 わしは朗々と、銭儲けの話を始めた。



 町方の連中が渋い顔や軽蔑の目でわしを見る。

 構うまい。わしに言わせれば、お前達の方が『お潰し方』だ。

 勿論、治安を預かる奉行所が金儲けに走ると、絶対碌な事には為ら無い事は重々承知しておる。

 だから口に出す予定など有りはしないが。



登茂恵ともえ様。如何にして町家まちやの利を担保なさるお積りにございますか」

 柳屋の主人がわしに問うた。


「大小の、株と言う物を発行致します」

「特権を保証する株なら存じておりますが、大小の株とは如何いかなるものでございましょう」


 わしは八島に今ある概念を利用して、新しき仕組みを創り上げる。

 こんな都合の良い物は、絶対に平成の代では成立しないのであるが、前例無き制度で、しかも政府が独裁権を握る今ならば可能だ。

 外連味けれんみどころの話ではない。まるっきりの詐欺と言っても差し支えなかろう。

 勿論。出資者の利益は『事業の儲けの出る限り』保証するが。


「学のない手前てまえ共にも解る様、ご教授頂ければ幸いにございます」

 現在、御親兵の支援者パトロンでもある柳屋のあるじがわしに乞うた。

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