ショーグナイト

●辻交番


 ご府中に嵐が吹いた。

 わしの進言を承けて、ひとや吟味ぎんみの場所が離される事になったのを手始めに、町方の再編が成されて行く。


 上巳じょうしの変の煽りを受けて、召し放ちや隠居の処分を受けた者は多い。なるべく子弟を新規召し抱えはしたものの、それは直接大樹公たいじゅこう家の禄を食む役人の話である。

 彼らの手足。役人が私費にて雇いし者達は、一旦一人残らず十手捕り縄を返上させて咎無き者には慰労金を支払い清算を行った。

 その後、改めて人を選びて十手を下げ渡す。再び十手を預かる者も少なくは無かったが、町家の者達に入れ札をさせて、評判の悪い者は皆弾いた。

 当然、そこに欠員が出来る。


「よもや半端者のわしらが、ご府中の十手捕り縄を賜るとはな」

 祐天ゆうてん殿を始めとして、御前出入りに参加して旧罪ご赦免を貰ったやくざ者達が採用されたのだ。

 そうして各所の辻に、一人が立って居られるだけの雨風を凌げる小さな四阿あずまやを立て、警邏として交代で立たせた。

 彼らは日に五合の飯を配給されるお雇いである。

 お仕着せの法被を着て、首から紐で呼子笛よびこぶえを下げ、狼藉者を制するために棒と刃引きの長脇差一本を携えし者。

 辻で睨みを利かし交代で番をすることから、いつしか彼らは辻交番、或いは単に交番と言われ始めた。



 ご府中高輪たかなわ

 わしは赤穂四十七士の墓所はかどころ間近い東禅寺とうぜんじに、エゲレス国公使のオールコックス殿を訪ねて居た。

 基本通詞つうじを介しての話であるが、この頃には立場を伴わない会話は直接片言の言葉を交わす様に為っていた。


「ニュー・セレクター・シェリフ?」

「はい。エゲレスの言葉ならばそんな名前になると思います。

 番犬ワーチダーグが居れば泥棒シーフは盗みを諦めるものにございますれば」

 わしは、外国人やご府中の人々の安全を守るために、新しく選ばれた秩序維持の役人であると趣旨を話す。

 するとオールコックス殿は少し考えて、

「エゲレス語では『ニューリ・シレクティド・シェリフ』、若しくは『ニューリ・シレクティド・マーシャル』だな」

 と教えてくれた。


「オールコックス殿。実は天子様を狙い良からぬ者がうごめき始めている為、同様の者を京師けいしにも派遣する予定でございます。

 派遣する者達の中には素行の良くない者もおります。そこで御親兵タイクーン・ガードから目付……スパイ……いえ、ローマで言うケンソルの任に就く者を派遣します。それでお別れに参りました」

「トモエも行くのか?」

御親兵タイクーン・ガード列士満レジマンを束ねる司令キャプテンにございます。落ち着くまでねばなりますまい」

 わしは余り短い期間では無い事を説明した。



●ショーグナイト


 登茂恵ともえがオールコックスを訪ねて居たのと同じ頃。

 メリケン国総領事ハリスのを訪ねる男達が居た。

 オランダ語に堪能な水府の同志を伴った清川木鶏もっけいその人である。

 事前の根回しも済んでおり、ハリスは裏門から入って来た男達を迎え入れた。



「ほう。それで? 簒奪者ショーグナイトではなく天皇ミカドこそがこの国の正統な皇帝エンペラーであり、その復権に力を貸せと言うのか?」

「そうだ。今、我々は、大樹たいじゅの力で部隊を募っている。その武力をもって天子様をお守りし、大樹討伐の勅命の下、簒奪前の八島に戻す」

「そんなに都合良く行くものなのか?」

 少しばかりあざけりの彩が滲むハリスの声に木鶏は、

「この国の人間で、朝敵の汚名を着て権力を保ち続けた者はおりません。武力で手に入れた権力に、正統性を与えて来た権威こそ、天子様に他なりません」

 と断言する。


「権威を与える? ……では、天皇ミカド皇帝エンペラーではなく法王パパ様か」

 ハリスはじっと目を瞑る。

「そう言えば、天皇は神の子孫であったな」

「はい。だからこそ千年以上も、時の権力者が天子様より位を賜っているのです」

「ふむ……」

 ハリスは目を閉ざしたまま、数える事三百余の沈黙を保つ。


「ハリス殿?」

 その声に目を見開くと、ハリスは木鶏たちに向かって言った。


「我が国には国王キング皇帝エンペラーも存在しない。暴君より自立したからである。

 だが我々はフランス国とは違う。我らは彼が王と言うだけで断頭台に掛けたりはしない。

 なぜならば、王や皇帝も一人の市民としての権利を持っているからである。


 如何なる国の者であれ。王や皇帝を名乗る者を支持する者達が、自らの自由な意志によって彼の布告に随い税を納める自由を我が国は尊重する」

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